2020年3月2日

第17回ロシア法研究会が開催されました。

 今回は、名古屋大学大学院法学研究科教授の佐藤史人先生を講師としてお招きし、『ロシアにおける破毀審と近時の司法制度改革』との演題にて、2018年司法制度改革で新設された破毀通常裁判所を中心にご講演いただきました。

 その概要は以下のとおりになりますので、御報告申し上げます。

1.2018年司法制度改革の概要

 ロシアでは2018年司法制度改革によって破毀通常裁判所(Кассационный суд общей юрисдикции)が設置され、同裁判所は翌2019年10月1日から活動を開始しています。

 それまでの民事手続では、訴額5万ルーブル以上の事件は、地区・市裁判所が第一審裁判所、連邦構成主体レベルの裁判所(州級裁判所)が控訴審裁判所となり、そこまでで裁判が確定します。しかし、原判決に法令違背の疑いがある場合には、同じ州級裁判所の幹部会でさらに審理することができ(第一破毀審)、それでも問題が残る場合には最高裁に上訴して、最高裁民事部が第二破毀審として審理するという仕組みになっていました(さらに、最高裁幹部会の監督審があります)。

 上記のとおり、一つの裁判所(州裁判所)が控訴審と破毀審という2つの役割を担っていたこと、判決が法的効力を生じた後に、さらに2回の破毀審と監督審とが存在することなどが、従来、問題点として指摘されていました。

 これに対し、昨年10月にロシア全国9箇所に新しく破毀通常裁判所が設置され、その代わりに州裁判所幹部会の破毀審が撤廃されることによって、ロシアの上訴制度はその面目を一新しました。また、州級裁判所が第一審となる事件(国際養子や国家機密に関わる紛争など)についても、これまでは、控訴審、破毀審の審理はいずれも最高裁で行われていましたが、今回の改革で控訴通常裁判所が設置されたことにより、控訴審と破毀審という二つの機能が、組織的にも分離しました。

 2018年の司法統計(民事・行政事件)を見ますと、地区裁判所の新受件数は約340万件、控訴審(州級裁判所)の新受件数は約72万件、同じ州級裁判所で行われる幹部会の新受件数は約25万件です。そのうち単独裁判官による事前審査を通過した事件数が約7600件、実際に審理されたのは約7400件で、そのうちの95.6%で破毀請求が認容されています。これまで州級裁判所幹部会が処理してきたこれらの事件が、今後は破毀通常裁判所の審査対象となります。(なお、最高裁の第二破毀審で審理されたのは約1300件、最高裁幹部会の監督審の新受件数は約1000件ですが、監督審の審理件数はわずか1件であり、監督審については、存在はしているが実際には機能していないといえるでしょう。)

2.商事裁判所モデルの導入

 上記の新しい制度は、基本的には、これまでの商事裁判制度に近づけたものという事ができます。商事裁判では、州級商事裁判所で第一審が行われ、控訴審はロシア全体で21ある商事控訴裁判所、その後、10ある管区商事裁判所で破毀審理が行われます。以前の商事破毀審は1回に限られ、「第4の審級」として最高商事裁判所(幹部会)の監督審が置かれていました。最高商事裁判所は、監督審を通じて新たな判例法理を形成し、それが法律家から高く評価されていました。しかし、2014年に最高商事裁判所が廃止され、その機能が最高裁判所に統合された結果、現在では、最高裁経済紛争部で第二破毀審が行われ、その後に、幹部会で監督審が行われる形になっています。その一方で、商事監督審の審理件数は極端に少なくなり、実質的には機能しなくなりました。

3.破毀通常裁判所設置の理由

 破毀通常裁判所は、どのような経緯で設置されたのでしょうか。この2018年司法制度改革は、最高裁判所の発案によるものです。2016年12月、4年に1度開催される全ロシア裁判官大会において、ロシア最高裁長官のレべヂェフ氏が、司法の独立性と客観性とを高めるために破毀裁判所の設置が必要であるとの演説をし、これをきっかけにこの新たな制度が具体化されました。この改革は、ロシアでは概ね歓迎されているようです。モスクワ国立大学のボリーソヴァ教授も、「理論と法実務で長きに渡り期待され議論された出来事」であると好意的に評価しています。

 破毀通常裁判所の設置が、司法の独立に資する理由としては、以下の2点が挙げられます。

①行政地域区分と裁判管区の分離(экстерриториальный принцип)

 ロシアでは、地方政府からの裁判所の独立性の確保が、これまで課題の一つとされてきました。裁判所は、治安判事裁判所を除いて、連邦レベルの国家機関です。しかし、中央からの予算は十分ではなく、実際には連邦構成主体から財政的支援を受けることも多かったのです。このように裁判所が地方政府に依存しがちな状況下で、ロシアの裁判所は、個別の案件について各レベルの政治家から電話がかかってくるなど、様々な圧力に晒されます。今般の改革では、そうした弊害を克服する方途として、行政の単位と裁判所の地域管轄との分離がはかられたのです。

②州裁判所内での複数の審級の同居解解消(один суд – одна инстанция)

 ロシアでは、州級裁判所の所長は、人事や勤務評定、予算の配分といった司法行政を通じて、個々の裁判官に強い影響力を及ぼすことができます。州級裁判所に、控訴審と破毀審という二つの審級が同居するという制度設計もまた、控訴審の裁判官に自分の所属する裁判所の所長を意識した振る舞いをさせる要因の一つとなっていました。今回の制度改革により、このような州級裁判所所長の強い影響力の源泉の一つが解消されたと見ることができます。

4.  破毀通常裁判所の実態と課題

  上記①②からすると、地方行政や裁判所の長に対する裁判官の独立性を確保するために、州級裁判所から破毀審の機能を剥奪し、代わりに独立した破毀通常裁判所を設けたことは、非常に有意義なことのように思われます。しかし、上記の改革は、裁判官の独立を保障するために必要な一定の条件を満たすものではありますが、独立のための十分条件がかなえられた訳ではありませんし、新たな課題も抱え込んだようです。

(1)「裁判官移民」あるいは裁判所内部のヒエラルキー構造の移植

 第一の問題は、新しい裁判所の設置に伴う「裁判官移民」のあり方に関する問題です。モスクワを管轄する第2破毀通常裁判所では、所長にニジェゴロド州裁判所長だったアナトーリー・ボーンダル氏が選ばれました。すると、同氏のニジェゴロド州裁判所の部下20名の裁判官もまた、第2破毀通常裁判所の裁判官として選任されました。つまり、それまでのニジェゴロド州における上司と部下の関係が、モスクワに持ちこまれたのです。

(2)管轄の広域化とその弊害

 行政地域区分と裁判管区の分離の妥当性についても見てみましょう。ロシア全国の中で破毀通常裁判所は9つしかなく、そのほとんどが西側に偏在しています。その結果、例えば、イルクーツクの事件は、ケメロヴォにある第8破毀通常裁判所まで行かなければならず、片道2日もかかってしまいます。広大なロシア領土内において、当事者の出席は、地域によっては非常に困難となります。

 このような事情は、商事裁判所も同様ですが、商事裁判においてこのことは特に問題とされていません。しかし、高等経済学院のS.パーシン教授は、民事裁判の本質は、証人尋問、当事者主義による生きた訴訟活動にあり、民事裁判を商事裁判と同じように考えることはできないとする視点から、当事者の参加を困難にさせる管轄の広域化を否定的に評価しています。

5.破毀通常裁判所における手続

(1)「全面的破毀審」

 続いて手続面に移ります。破毀裁判所の最大の特徴は、「全面的破毀審」(сплошная кассация)の導入にあると言われます。人によっては、「選択的破毀審」から「完全な破毀審」へ、「間接的破毀審」から「直接的破毀審」への転換と評することもあります。何が「全面的」なのかというと、破毀申立に対する事前審査を行わない、ということです。2018年改革前は、州級裁判所幹部会への申立について事前審査が行われており、実際に破毀審で審理されたのは、民事事件で5%、行政事件で4%だけでした。

 モスクワ大学のボリーソヴァ教授は、これまでの事前審査はかなり恣意的であったという観点から、これが全面審査によって取り替えられたことを好意的に評価しています。連邦裁判官評議会議長のモモトフ裁判官も、これまで第一破毀審は、最高裁に申立てるための形式的な手続にすぎず、当事者によって軽視されていたので、第一破毀審を実質化させるために、「全面的」破毀審を導入したのだと述べています。2020年2月にレベヂェフ最高裁長官は、それまでの破毀通常裁判所の4ヶ月の活動を総括し、同裁判所はこれまでに比べて3倍の請求を認容しており(申立ての14%)、全面的破毀審の導入が第1破毀裁判所の実効性を高めたと指摘しました。

(2)第一破毀審の手続

 次に、破毀通常裁判所の手続を概観しましょう。「直接的」破毀審の申立手続を概略すると、以下のとおりとなっています。

① 訴訟関係人、検察官は、第一審裁判所を通じて破毀申立てを行います。第一審裁判所で申立てを行うのは、地区裁判所が市民にとってアクセスしやすく、また同裁判所が、事件記録を保管しているからです。

② 申立期間は、州級裁判所の原裁判の確定日から3ヶ月以内です。

③ 第一審裁判所は、訴状および事件記録を、申立ての提起後3日以内に破毀審裁判所に送付します。

④ 破毀審裁判所裁判官は、申立ての到達後5日以内に受理について判断します。受理した場合、裁判官は、決定により口頭弁論期日を指定します。

⑤ 審理期間は、2ヶ月以内とされています(4ヶ月まで延⾧可能)。

 なお、破毀通常裁判所では事前審査を行いませんが、最高裁の(第二)破毀審には事前審査が残っています。

(3)原裁判の取消事由

 次に、原裁判の取消事由についてです。この取消事由をみると、この審級が何を目的としているのかがよく分かります。

 2019年10月までは、第一破毀審、第二破毀審とも、原裁判の取消事由は、「実体法および手続法の重大な違反で、事件の結果に影響を与え、その除去なくして権利および法益の回復および保護ならびに公益の保護が不可能な場合」とされていました(トルツメ・傍線は、報告者)。単なる誤判、法令解釈の違い程度では、原裁判は取り消せないということです。

 これに対し、2019年10月以降、第一破毀審と第二破毀審の判決取消事由は異なるものになります。最高裁民事部の取消事由に変化はありません、しかし、破毀通常裁判所の取消事由は、控訴審のそれと類似したものになり、控訴審とほぼ同様の理由で第一審の判決・決定を取り消せるようなりました。

 第1の取消事由は、「第一審裁判所および控訴審裁判所によって認定された事実が原判決における裁判所の結論と適合しない場合」です。これは、下級審の事実認定が適切になされていたかどうかも審査の対象となるということです。また、このことは、1995年改正によって削除されたソビエト時代の裁判所の権限が復活したことを意味します。

 第2の取消事由は、「実体法または手続法の違反または誤った適用」です。注目されるのは「重大」という文言が削除されている点です。

 判決取消事由における以上の変化は何を物語っているのでしょうか。社会主義時代には、通常の審級制度は、第一審と第二審からなり、それ以外の非常救済手段として「監督審」が存在していました(「監督審」は、州級裁判所幹部会、最高裁民事部、最高裁幹部会の3段階で行われていました)。「監督審」は、建前上は例外的な救済手段でしたが、実際には第一審、第二審の裁判を見直す制度として頻繁に用いられていたため、体制転換後は、既判力の原則を侵害し、法的安定性を脅かすとの理由で、90年代から2000年代にかけて改革の対象となり、さまざまな縛りがかけられていきました。この「監督審」を淵源とする現在の破毀審の判決取消事由が、2018年改革を通じて緩やかな要件に転換したということは、ソビエト時代へのある種の「先祖返り」が起きたことを意味します。実務を分析しないと結論は出せませんが、判決の取消事由の変更は、裁判の蒸し返しを可能にし、当事者の法的地位を不安定なものとする制度的後退であると言えるかもしれません。

 ところで、破毀通常裁判所の手続に関しては、制度的前進と見られる変化も生じています。ご存知のとおり、ロシアでは、治安判事裁判所、地区裁判所は、行為無能力者に該当しない限り、誰でも訴訟代理人になれますが、今回の改正により、破毀通常裁判所では「弁護士その他高等法学教育を修め、または法学位を有し法律事務を行う者」に訴訟代理人資格が限定されました。

6.破毀通常裁判所の評価と問題点

 最後に、破毀通常裁判所の問題点を幾つか指摘します。

 第1に、事実上機能しておらず、第二破毀審と役割が重複する監督審が、今回の改革では手つかずのまま残りました。

 第2に、「二つの破毀審」が併存するという問題は未解決のままです。一応、両者の目的は異なるものになりましたが、第一審、控訴審、第一破毀審(破毀通常裁判所)、第二破毀審(最高裁民事部)、監督審(最高裁幹部会)、という長い「5審制」は解消されていません。

 第3に、原判決取消事由は、控訴審の第一審取消事由と重複しており、客観的真実ないし実体的真実を追究する姿勢が強まる一方で、訴訟の蒸し返しが容易になり、法的安定性が損なわれるおそれが生じています。

 第4に、破毀通常裁判所は、ロシア全土で僅か9つしか存在しません。管轄が連邦構成主体よりも広域であるという点は、司法へのアクセスの後退や、裁判を受ける権利との関係で問題になります。

 第5に、全面的な破毀審を導入し、事前審査を排除したことは一定の評価に値しますが、他方で、裁判官の過重負担という新たな問題が生じるため、はたして有効に機能するのだろうかという疑問が生じます。現状では、裁判官定数は681名しかなく、1人が年410件、合議体は1日9~10件を取り扱う状況です。これで、本当に裁判の実効性が高まるのか、良い裁判ができるのか、という懸念の声もあがっています。

 以上からしますと、暫定的な私見ではありますが、破毀通常裁判所の設置は、確かに、裁判官の独立の確保のための「一歩」ではありますが、まだ多くの課題が残っているように思われます。そして、ソビエト時代の1964年民事訴訟法の制定以降、今回の2018年破毀通常裁判所の新設に至る長い歴史の中で、今回の改正が、やっと辿り着いたポスト共産主義司法改革の「終着駅」といえるかどうかについては、今後も慎重な検討が必要だと思料します。ご清聴ありがとうございました。

 佐藤史人先生におかれましては、長年、ロシア裁判制度をご研究されて来られた高い知見とご経験の中から、この度は貴重なお話をお聴かせ下さいまして、誠に有り難うございました。参加者の皆様も、非常によく理解できたとおっしゃっていました。改めまして、つつしんで御礼申し上げます。(文責小川)。

※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。

 

 

2020年1月20日②

2020年1月20日①(後半)

第16回ロシア法研究会が開催されました。

 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(Japan Oil, Gas and Metals National Corporation)(以下「JOGMEC」といいます。)調査部/ロシアグループ担当調査役の原田大輔様を講師としてお招きし、『石油ガス大国・ロシアの実情~石油ガス産業の動静と大国が内包する課題』とのテーマでご講演いただきました。

 前回(2020年1月20日①)に引き続き、今回は、その後半ということで、ご報告申し上げます。

3.ロシアが抱える課題③:供給ルートの多様化による市場確保

 欧州と中国の両市場の獲得を目指すべく、ロシアも奮闘しています。19世紀、中央アジア・アフガニスタンの覇権を巡るイギリスとロシアの敵対関係・戦略的抗争・情報戦と両者の攻防をチェス盤上のゲームに喩え「グレートゲーム」と表現しましたが、21世紀ではロシア・中央アジア資源をめぐり、供給サイドの欧州・中国市場争奪戦(ロシア対中央アジア)と需要サイド(欧州・中国)の供給ソースへの進出およびロシア迂回ルートの構築、対してロシアによるそれら迂回ルートの阻止という重層的な「21世紀のグレートゲーム」が進行しているといえるのではないかと思います。そのゲームの中では、ロシアは様々なパイプライン計画を進めようとしていますが、そのことは反対から見れば、既に中央アジア資源の欧州・中国への供給ルートが出来上がっている状況を後追いする形で追いかけようとしているとも言えます。これからも、ロシア・中央アジアが争奪戦を繰り広げる欧州・中国市場では、ロシアには、欧州では縮小する市場の中でのシェア争いのせめぎ合いが、中央アジアでは中国が支配するロシア迂回ルートを追いかけ、自国産ガス、LNG輸入も加速する中国では、熾烈な価格競争がロシアを待ち構えていることが予想されます。(図11/筆者作成)

図11 ロシアが進める供給ルート多様化による市場確保(21世紀のグレートゲーム)

4.ロシアが抱える課題③:石油産業をターゲットとする欧米の対露制裁

 2014年3月に始まった欧米制裁は、同年7月に発生したマレーシア航空機撃墜事件が発生し、その対象がロシアの石油産業へ拡大し強化されました。具体的には石油開発技術に関する製品等に対して、実質的な禁輸措置が採られることになり、さらに9月には役務にも拡張されています。

 欧米による制裁が足並みを揃えていたのはここまででした。それは、12月には米国がさらに制裁を強化するために「ウクライナ自由支援法」を発動する一方、欧州は既存制裁の延長に留まり、その後は、米国がロシアに対する追加制裁を継続的に強化し続けているという現状にも表れています。昨年12月もロシアとドイツとの間で建設されている天然ガスパイプライン・ノルドストリーム2に対しても、「国防授権法」という軍事予算執行のために毎年必ず必要な法案に紛れ込ませる形で、追加制裁を行っています。この背景には、シェール革命によって、天然ガスをLNGで輸出できる立場となった米国が自国のシェールガスを欧州に売りたいという実利的な目的があるとも云われております。

 5.制裁に対するロシアの状況

 欧米制裁によってロシアが本当に困っているかというと、必ずしも困っているばかりではなく、例えば、ロシア上流産業の製品・役務輸入依存度でいいますと、2014年時点では全体の53%の製品が外国からの調達に依存していたところ、これが2019年には45%に下がってきております。

 もともと、ロシアも世界で最も古い石油資源開発の歴史と技術の蓄積があり、自分達でも原子力も作り、宇宙にロケットを飛ばしてしまう国です。今までは、原油価格の恩恵を受けて、資源開発技術を欧米から大枚を叩いて調達してきましたが、欧米の制裁を契機として、徐々に外資に頼らず自分達で資源開発を行うために技術開発を行うようになってきています。欧米制裁が贅肉を落とし、ロシアの石油産業の体力を強靭化すう格好のスパーリング期間を与えているとも言えるかもしれません。(図12/産業貿易省、RBKDaily紙(2014年10月17日付)及び経済発展省資料より)

図12 制裁後、改善するロシア上流産業の製品・役務輸入依存

 6.制裁解除の可能性について

 この欧米制裁はいつまで続くのでしょうか? 欧米が制裁を解除する条件はクリミア併合問題の解消とウクライナ東部地域の紛争鎮静化の実現になります。特に後者について、ロシア、フランス、ドイツ、ウクライナが2015年2月に合意した「ミンスク合意Ⅱ」が当面の鍵を握る取り決めです。この中でポイントとなるのは、紛争の中心にあるルガンスク州(ルハーンシク州)とドネツク州(ドネツィク州)に対してウクライナ政府が自治権を与えることが要件となっていることです。しかし、もし両州に自治権を与えてしまうと、他の州も自治権を求める動きが活発化してしまう可能性が高まる「パンドラの箱」とも言え、最終的にロシア人住民の多いウクライナ東部とそうでない西部が分裂する危機へ繋がっていくことになるかもしれません。従って、ウクライナ政府としても憲法改正が必要な事案でもあり、自治権付与を実現することは難しいのではないかと思います。

 昨年12月、ウクライナとロシアの間で結ばれていたガス供給契約について、11年間の契約期間が失効しましたが、年末までに何とか更新することに合意することができ、欧州へのガス供給が途絶するという事態は避けられました。米国の制裁により止められてしまったノルド・ストリーム2ですが、その影響でロシアはウクライナ経由での天然ガス輸送ルートを使用することになり、今年に入ってからは、双方は以前程敵対していないとも言えるかもしれません。たとえクリミア併合問題が解決されなくても、ウクライナとロシアの関係が改善されてくれば、欧州としては制裁をする必要性が薄れてくるという点は重要です。ウクライナの新しいゼレンスキー大統領がどのような方針でロシアとの関係を構築しようとしているのかにも注目が集まります。

 7.欧米制裁発動からこれまで注目すべき7つの事象

 2014年に欧米制裁が発動してから、これまで特に米国による対露制裁に関して、制裁法文の解釈の拡大や実際の抵触事例・解除事例等を通して、以下に挙げる7つの事象が観測されています。これらの背景や発生事由についての分析は、今後日本企業も含む外国企業の対露ビジネスに対して重要な示唆を与えるものであり、以下、整理してみましょう。

  ① 2015年8月7日 サハリン3プロジェクトにおける南キリンスキーガス鉱床が制裁の対象となりました。欧米制裁は、本来は石油の将来的生産ポテンシャルに対するものでしたが、ガスプロムとシェルが同鉱床を対象に資産スワップを予定していることが分かると、米国はその合意の2カ月後に、同ガス鉱床からは相当量の液分(ガスコンデンセート/一部の天然ガスが地上に出た際に地上圧で液化したもの)生産が見込まれるとの理由で制裁の対象としたものです。つまり、ガスプロジェクトであれば欧米制裁対象ではなくなるということを示唆する判断が出てきました。ガスコンデンセートは天然ガスを生産するとほぼ必ず産出するものであるため、米国制裁上の石油だけを対象とするという定義が形骸化したことを意味します。

  ② 2017年6月20日 エクソン・モービルに対して、制裁を違反したとして罰金(200万ドル)を課しました。対露制裁では初めての抵触及び罰金事例となります。但し、すぐに罰金が課されたわけではなく、対象となった抵触事例も2014年に遡るもので、以後、2年余りに亘って米国政府はエクソン・モービルに対して秘密裡に弁明の機会を与えています。つまり、制裁に抵触したとしてもすぐに罰則が課されるわけではないことを意味する事案です。また、エクソン・モービルは決定を不服として、テキサス地方裁に訴えを起こし、2019年12月、同地裁は米国制裁によるこの罰金は無効であるとの判断を下しています(下記⑦も参照ください)。

  ③ 2019年1月1日 最初の米国制裁緩和のケースが出ます。制裁として最も重いSDN(特定国籍指定者)として2018年4月に指定されたオリガルヒのオレグ・デリパスカ傘下の企業で同様にSDNに指定された企業3社(投資会社En+及び世界第二位のアルミ生産企業Rusal及び電力会社EuroSibEnergo)について、同氏が保有株式を手放すことで、同氏の支配から外れたという理由で、これら企業に対する制裁が解除されました。このことは、制裁を課されたとしても、制裁は、個別に一部解除されるという可能性と方法が示唆された事例となります。

  ④ 2019年4月25日 米国財務省外国資産管理室(OFAC)は、米国企業の新たな制裁違反事例と、対象となった米国企業ヘイヴァリー・システムズ社との間で制裁金支払いについて妥結したと発表しました。OFACは同社がRosneftに販売したソフトウェアの代金回収の遅延をもって、売掛金の回収に要した期間をDirective 2(Rosneftを含む対象企業への60日超の融資を禁止する金融制裁を規定)違反であると認定したものです。今回の制裁違反認定は、米国による金融制裁における融資の概念に、Rosneft等対象企業に対する売掛金の回収も含まれるという解釈を示唆するものです。これまでは融資の実行主体であった金融機関が対象と考えられてきましたが、対象ロシア企業に制裁対象(所謂、将来的石油生産ポテンシャルを有する大水深・北極海・シェール層の開発)ではない、物品・役務を販売する企業もその対価回収に当たって、60日を超えて売掛金の資金回収ができなかった場合には、米国の金融制裁の違反罰則対象となるという事例となります。制裁対象ロシア企業が故意に支払いを遅らせる場合が生じた場合でも同様に米国制裁に抵触する可能性を示唆するものでもあります。また、今回の件は氷山の一角であり、既にOFACでは「第二、第三のヘイヴァリー・システムズ」について調査が行われている可能性もあることから、今後の動向・OFACの発表に注目が集まります。

  ⑤ 2019年9月25日 OFACが発動した対イラン制裁の一環での同国産原油輸出に対する幇助への罰則として、中国遠洋海運(COSCO)の子会社2社(COSCO Shipping Tanker (Dalian) CO., LTD.及びCOSCO Shipping Tanker (Dalian) Seaman & Ship Management CO., LTD.)が新たにSDN対象として指定されましたが、この2社の内、COSCO Shipping Tanker (Dalian) CO., LTD.はヤマルLNG向け砕氷LNGタンカーを6隻供給しているカナダTeekayとのJVに対して、50%を出資する子会社China LNG Shipping (Holdings) Limitedを通じて、50%出資しており、OFAC規則に従えば、SDN対象企業が50%以上を出資するグループ企業は全てSDNと見做されることから、上記COSCO子会社2社及びそれらが50%以上出資する会社との米国人による取引が禁止となり、外国人もこれら会社に対してmaterial supportを与えた場合にはOFACはその外国人もSDN対象とすることができるという二次制裁を含み、同社はヤマル及びアルクチク砕氷LNGタンカーを外資(カナダ:Teekay及び日本:商船三井)と共に傭船していることから、それらJVの活動に影響を及ぼすことになりました(現在は株主構成を変えてヤマルLNG関連タンカー会社は制裁対象から外れています)。

  ⑥ 2019年12月3日 制裁対象物品輸出容疑で初の逮捕者が出ました。米国司法省は、北極海鉱床開発向けの偽装輸出でロシア人、イタリア人及び米国人の逮捕者が出たことを発表しています。主な罪状は、Gazprom Neftのバレンツ海・プリラズロムノエ油田開発向けガスタービンの不正輸出です。

  ⑦ 2019年12月30日 2017年6月に最初の米国制裁法違反の事例としてOFACがエクソン・モービルに対して制裁金200万ドルを課し、その後、同社がOFACに対して制裁課金を無効とするようテキサス地方裁に訴えを起こし、係争中だった事案について、2019年12月31日付で同地裁が同社の訴えを認め、OFACの同社に対する制裁課金は無効であるとの判決を下しました。今回の判決はOFACにとって対露制裁での最初の法的敗北である一方、対露制裁自体の変更を促すものではなく、今後OFACが制裁内容をどのように解釈しており、それをいかに伝達するかに影響を与える判決であると言えるでしょう。

第3.ロシアの上流法制

 ロシアでは、資源開発に関する上流法制としては、主として2つの法律、地下資源法及びPS法(生産物分与法:Product Sharing 法)があります。この2つをベースに外国企業も権益を取得し、上流ビジネスに参画することができます。

 1.地下資源法とPS法

 地下資源法とPS法の違いは何かといいますと、外資の立場から見れば、PS法の方が圧倒的に有利であり、魅力的な法制と言えます。PS法では、投下資本を、生産収入が上がってくれば優先的にコスト回収できます。その分、ロシア政府の取り分はコスト回収が終わるまでは少なくなるのですが、そもそもそのコストは全額出資者(外資又は上流に参画した投資家)が出しているもので、優先回収できるのは当然と言えば当然です。産油国側はもし油ガスが見つからず失敗しても何も損をすることはありません。また、コスト回収が終わった後は、徐々に政府取り分は多くなっていく仕組みです。従った、30年のプロジェクトライフで見れば、最終的には7対3位の比率で、政府の取り分の割合が多くなっていきます。他方、地下資源法ではライセンスという形で鉱区が付与されますが、優先コスト回収はなく、生産開始と共に決められた税金を政府に納めるという形です。

 ロシア政府は、90年代前半のソ連解体直後の混乱期に、資金不足の解決と外資導入を活性化させることを目的として、サハリン1、サハリン2、ハリヤガの3つのプロジェクトにPS法の適用を決定しました。しかし、21世紀に入ってからの油価高騰を受けて、「PS法はソ連解体時に外資と結ばれた不平等条約であり、ロシア石油会社でもできる」という風潮が強まり、これらプロジェクトに対しても風当たりが強くなってきました。当時は他にもPS法適用を検討した複数のプロジェクトがありましたが、現時点でこれら3つのプロジェクトで止められている状況です。今後、原油埋蔵量と生産が減退してくると申し上げました。また、減退を補完するポテンシャル分野であるシェール層や北極海には欧米制裁が課されている状況です。PS法によるプロジェクトは技術と能力のある外資を引き付ける魅力的なスキームであり、決して不平等条約ではなく、ロシアが今後窮地に立ってくる場合には、ロシア政府がPS法によるプロジェクトも復活してくる可能性もあるかもしれないと個人的には期待したいところです。

 2.戦略外資規制法

 ロシアでは、2008年原油価格が最高値を付けたタイミングで、石油ガス産業を中心に外国企業を追い出す動きが活発化し、最終的に戦略外資規制という形で関係する法律(大陸棚法及び地下資源法)が改正されました。簡単に言えば、ロシアの石油開発分野においてポテンシャルを有する有望地域における鉱区(鉱床)を「連邦的意義のある戦略鉱区」として囲い込み、外資に対する参画規制を強め、国営企業に優先的にそれら鉱区を付与する内容です。しかしながら、直後に発生したリーマンショックと原油価格の暴落、さらにはポテンシャルのある有望地域(シェール層、大水深及び北極海)を狙った欧米制裁の発動によって、徐々に、当時の行き過ぎた外資規制を緩和する方向に進んでおります。(図13/関連法制及び報道から筆者取り纏め)

図13 戦略外資規制の緩和に見られる油価と制裁の影響

 3.低油価格時に進む石油税制改革の動き

 ロシアでは、原油価格が下がると、税収確保のために、頻繁に石油税制を変更しようとする動きが高まる傾向があります。税制が政府による石油分野への関与の主要な方法である結果、その手法が朝令暮改に見直されることは想像に難くありません。税収を依存する政府としては原油価格という日々うつろう市場の影響を受けながら、高油価でドル箱となっている石油産業からいかに税金を取り立てるか、選挙においてはポピュリズムに訴え、その資金源を確保するために石油産業に迎合するか、特には減退する可能性が指摘される新規フロンティアへ優遇税制を設けたりと、場当たり的な対応に陥り易くなっているのが実情です。

 例えば、2015年以降の原油価格の下落・停滞では、正に朝令暮改、毎週・毎月のように石油税制に関する改革がニュースに取り上げられ、全く新たな「収入結果税」や「追加収入税」の導入の議論が高まりました。このような状況は外資の目からは、極めて不安定な投資環境状況にあると映らざるを得ません。現在の石油ガス税制の状況は、2024年に向けて、輸出税をゼロにして、資源抽出税を上げていくという、タックスマニューバーと呼ばれる大きな流れ・過渡期に当たります。しかし、実際、2024年に一体どうなっているのかについては常に注目していく必要があります。

 4.地質データの輸出

 ロシアにおいて、石油に関する情報は国家機密法で規定・管理されており、その取扱いには十分留意することが求められます。また、その中でも上流開発に欠かせない地質データ(簡単に申し上げれば油ガスのポテンシャルがあるかどうかを判断するための地下の状況に関するデータです)については、外国企業はそのデータ無くしては巨額の投資判断を行うことができないもので、そのロシアから国外(自国)への輸出(外国人の目を通して見る時点でロシア領内であっても輸出と見做される解釈もあり)は不可欠です。従って、輸出権の申請を行う必要があるのですが、地質データの輸出認可手続きを関係省庁に確認したところ、最終的に天然資源環境省からは了解が得られるも、実際の輸出手続きを行うに当たって、地質データに該当する対外貿易統一商品コードが存在せず、現在に至るまで輸出ができないという状況が現在も続いています。

 ではロシアで活動する欧米メジャー企業はどのように対応しているのかと言えば、連邦保安庁(旧KGB)から人を招き、治安警護部署を設立することで政府からのバックアップを獲得することで対応しているという話も聞きます。それでも2008年のTNK-BP問題(スパイ罪で外国籍を有するロシア人が逮捕)のように高油価時にはメジャーでも締め付けが強くなった事例もあり、いつでも政府が干渉できる状態になっているというのが実態です。

第4.北極海の開発

 第2イントロダクションの4.で申し上げた通り、ロシアは北極圏における炭化水素ポテンシャルが高いのは明らかです。そして、近年の気候変動による流氷の後退と海氷条件の変化が、北極圏の資源へのアクセス及び生産物の搬出を容易にしつつあり、欧亜を既存のルートを経ない、もっと短期間で結ぶ新たな北極海航路の活用も注目を集めています。

 2014年9月のRosneft及びExxonMobilによるカラ海試掘井の成功はロシアにとっても重要な朗報でした。当初ガスリッチと考えられてきた北極海について原油及びコンデンセートの賦存ポテンシャルを期待させるものであり、原油生産量が早晩減退を迎えるロシアにとっては、北極資源開発は将来の生産量(国の財政)を補完する最重要フロンティアであることを再認識させるものでした。そこで、同地域の開発プロジェクトには最大級の優遇税制を適用し、ロシアが身を切る形でロシア企業及び外資の誘致を進めており、外資メジャーにとっても巨大な埋蔵量が期待でき、他地域では得難い大幅なリプレイスメント(埋蔵量確保)を実現できる魅力もあります。現在ロシアに課されている欧米制裁が同地域をターゲットとした理由もまたここにあると言えるでしょう。制裁によって水を差されたロシアの北極海開発ですが、オフショア開発において技術を有さないロシアは、まず、自ら技術を有する陸上(ヤマルLNGプロジェクト・アルクチクLNG-2プロジェクト)及び浅海にて上流開発を進めており、既にその成果も上がりつつあります。

 他方で、厳しい環境条件による制約とインフラの欠如、砕氷船によるサポートが必要な北極海航路の活用というコスト増加要因により、プロジェクトの実現には高油価(バレル当たり70ドル以上)という条件と、政府の優遇税制、海洋鉱区・LNGプロジェクトでは外資の技術が不可欠というのが実際であり、自然環境保護と事故防止のための厳しいリスクマネジメント、コンプライアンス対応も参画企業には求められていくという厳しい条件にも留意が必要です。

 また、温暖化によって夏季の航行ウィンドウが広がりつつあることから新たなルートとして期待が高まる北極海航路ではありますが、通年航行が保証されないリスクと海氷条件によって航行日数が流動するリスクが顕在化しており、欧亜を結ぶルートとしては消費地も限定されるため、消費地で結ばれているスエズ航路の魅力に劣後しているのも事実です。現在の状況を前提とすればその活用の見通しは限定的で、ロシアからのエネルギー資源輸出(片道は空輸送)、そして、欧亜を直接航行し日数短縮を優先する案件がメインとなると考えられます。

第5.結び

 これまで、ロシアの石油ガス産業について、彼らが抱える課題を読み解きながら、その実態についてご紹介してきました。まとめに変えまして、ロシアの石油ガス上流投資は魅力的かどうかという質問を皆さんと考えてみたいと思います。正直、これまでのお話を聞いた方が投資家であれば、ロシアの石油ガスビジネスに投資する勇敢な方は残念ながら少ないかもしれません。しかし、どのビジネスにもリスクや課題はあるものです。ロシアの石油ガス分野の魅力として、次の各点はご指摘できる重要な点です。(図14/筆者作成)

  ①一つ目は、他産油ガス国と比較しましても、変わり易いとはいえ石油税制に規定されたロイヤルティ(政府取り分)が高くはなく、また、新規フロンティアにはロシア政府による手厚い優遇税制も適用されており、ある意味では、政府保証が享受できること、

  ②二つ目は、中東原油への依存が極めて高い日本としては、供給量とポテンシャルの観点からも、石油ガス資源の供給源・供給ルートを多様化できる、最も近い大産油ガス国であること、

  ③三つ目は、日露関係の深化という外交文脈で、参画するプロジェクトが活かされ、日本としてはロシアとの協力関係構築により、外交レバレッジ・ツール(対中・対朝鮮戦略)を獲得できること。また、近年、北極海の活用ポテンシャルについて資源、法制、軍事、漁業と様々な分野で議論が活発する中、ロシアの上流プロジェクトに参画し、実質的なステイクホルダーとしてその議論への参加を可能にすると共に、まだ開発初期段階にある北極海航路へ先駆的に乗り出し、その活用のための技術開発・ノウハウの取得が可能となること、

  ④最後に、四つ目は、東日本大震災後、国富流出と騒がれた日本の天然ガス調達における天然ガス価格フォーミュラの見直しを進める中で、今日本に欠けている欧州市場の価格指標を提供できる可能性を持っているのはロシアであるということ。これにより、日本の天然ガス調達フォーミュラに、世界三大ガス市場である既存のアジア、新たな米国(ヘンリーハブ)、そして欧州の3つが加わり、単一市場の動向に左右されず、均衡の取れた価格ヘッジが可能となること。

以上の各メリットが指摘できると思います。

そのような目的のため、微力ながら、私どもJOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)も日々活動しております。

 本日は、ご清聴くださいまして、誠に有り難うございました。

図14 ロシアの石油ガス上流投資は魅力的か?

 原田様からのご講演(前半・後半)は、以上のとおりとなります。

 原田様におかれましては、長年、JOGMECで蓄積されたご経験から、貴重なお話をお聴かせ下さいまして、誠に有り難うございました。複雑とも言われるこのテーマを大変分かりやすくご解説下さいまして、参加者の皆様も、非常によく理解できたとおっしゃっていました。改めまして、つつしんで御礼申し上げます。(文責小川)。

※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。

 

 

2020年1月20日①

2020年1月20日①(前半)

第16回ロシア法研究会が開催されました。

 今回は、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(Japan Oil, Gas and Metals National Corporation)(以下「JOGMEC」といいます。)調査部/ロシアグループ担当調査役の原田大輔様を講師としてお招きし、『石油ガス大国・ロシアの実情~石油ガス産業の動静と大国が内包する課題』とのテーマでご講演いただきました。

 原田大輔様からは、大変充実したレジュメとご講演をいただきました。その概要は以下のとおりになりますので、まず前半から御報告申し上げます。

第1.ロシアが抱えている課題

 まず、ロシアと言いますとエネルギー産業、特に石油ガスの生産及び輸出が有名です。しかし、以下のとおり、実は、この石油ガス産業にはいくつかの課題がございます。これら課題を理解することによって、石油ガス大国と云われるロシアが置かれる現状が理解できてくると思われます。本日の御報告では、その中の幾つかを抽出し、ご紹介することで、参加者の方がロシアについての理解をさらに深めることができればと思います。

1. ロシアの東方シフト

課題①:長大なインフラの維持と限られた埋蔵量

課題②:無視できない中国市場と求められるレバレッジ

課題③:供給ルート多様化による市場確保

 

2.石油ガス上流産業が抱える問題

課題④:石油産業をターゲットとする欧米の対露制裁

課題⑤:上流法制の問題と投資環境の脆弱さ

 

3.北極開発を目指すロシア:その背景に何があるのか 

課題⑥:北極海航路活用の実際と課題

 

第2.イントロダクション

 1.原油価格高騰と連動する国家財政

  ⑴ 価格連動と基金設立

 1998年8月のロシア通貨危機後、2008年のリーマンショックまで原油価格は高騰し続けます。これが現在のロシア経済の復活と国力のための神風になっているわけですが、言い換えれば、原油価格に左右される財政構造となっている。そのことは例えば原油価格の推移とロシアの外貨準備高の推移が全く同じ曲線を描いていることにも表れています。

 また、原油価格への依存は自国通貨ルーブルにも表れています。図1右上には対ドル為替と原油価格の推移を重ねてプロットしたものですが、原油価格が高くなると、対ドルのルーブル・レートも強くなるという相関関係を見ることができます。そういう意味では、ロシア経済は原油に縛られるだけではなく通貨にも縛られてしまっている。ロシアで原油価格が下がるということは、内政的に様々な点で問題が生じることを意味します。

 そのような経済構造をカバーアップするために、ロシアでは、2004年1月に石油安定化基金を設立し、原油価格が下落した際に備えて連邦財政に一定の貯蓄をつくり、財政基盤の強化を目指しています。2008年2月には、同基金を予備基金と国民福祉基金に分割して再編しました。予備基金は石油価格下落時に連邦財政の備えとして設立され、国民福祉基金は、次世代のための再生不能な天然資源収入を維持・増加することを目的として設立されました。「福祉基金」と銘打っておりますが、天然資源が将来無くなってしまった時に備えて、今ある資源を持続可能な資源として開発する新しいプロジェクトに活用されることを想定した基金になります。予備基金は、近年の原油価格の低迷によって政府予算の補填に使用された結果、2年前に使い切ってしまって枯渇しました。現在は国民福祉基金だけが残っている状態にございます。(図1/以上、出典:ロシア中央銀行等)

 

図1 原油価格高騰と連動する国家財政

  ⑵ 石油産業への依存度

 ロシア国家財政が、どれくらい石油産業に依存しているかと申しますと、2011年頃は約5割(49.8%)の依存率だったのですが、2019年には約3割強(33.4%)までに下がってきており、その意味では、高水準の石油産業への依存度から徐々に脱却しつつあるように見えます。(図2/出典:ロシア財務省資料)

 しかしながら、これらはあくまで石油産業に限定した場合の依存率を示すものに過ぎず、もう少し、裾野付近に位置する産業、例えば、ガソリン製品等も統計の対象に入れれば、やはり7割程度は依存しているとの見方もあります。こちらは、データ集計の手法にもよりますが、ロシアが石油産業に相当依存した経済体系になっていることは明らかです。

図2 ロシア国家財政における原油価格指標及び石油産業依存度の推移

 2.世界における石油天然ガス大国ロシアの実情

 ロシアが石油ガス大国であることは論を俟たず、アメリカ合衆国やサウジアラビアと並ぶ、原油大産出国となっていますし、天然ガスについては、埋蔵量でも生産量でも世界最大級の地位を保っております。

 ただ、もう少し詳しく見ていきますと、世界の原油生産量の中では、ロシアの占める割合は12%を占めておりますが、確認埋蔵量は6.4%に過ぎません。それでも大きいとの評価もあり得るでしょうが、限られた資源をフルに生産しているとの見方もできると思います。

 将来的にはどうかと申しますと、2018年時点でロシア原油の可採年数は25.4年、天然ガスの可採年数は58.2年となっております。25.4年というのは、もし今後新たな埋蔵量が発見されなければ、生産減退が始まり、あと四半世紀で資源が枯渇することを意味します。そのことを示唆するかのように、ロシアの原油生産量はピークを迎えようとしており、早晩減退していくと云われており、20年後の2040年には現在の日量1,100万バレルから900万バレルくらいまで縮小されると予想されています。他方、天然ガスは十分な埋蔵量があります。もちろん、欧州が今後どのようなエネルギー転換を採っていくかにもよりますが、今後も、堅調に生産量は増加し、2040年には現在の年間650BCMから800BCMに拡大すると予測されます。(図3/出典:BP Statistical Review、IEA-WEO等より)

図3 ロシアの石油ガス可採年数、埋蔵量の現状及び今後の生産見通し

 その意味では、原油が減退しても、天然ガスが増加すれば、プラスマイナス・ゼロとも思われてしまうかもしれませんが、そう簡単ではありません。原油による収入と天然ガスによる収入を比較した場合、そこには倍程の差があります。また、原油の方が産業の裾野も広く、原油生産と輸出はロシアにとって非常に重要で、埋蔵量及び生産量に減退は天然ガスよりもロシアの財政を直撃していくことになります。ここにロシアが抱える課題の一つがございます。

3.エネルギー産業の中で置かれた石油・天然ガスの位置付

  (1)全世界的には、気候変動や化石燃料の使用による大気汚染、環境問題(地球温暖化等)が指摘されており、風力・太陽光といった再生可能エネルギーが注目されています。しかし、70億から今後100億人に人口が増加することが予想される世界のエネルギー需要の見通しに鑑みると、今後も、化石燃料(石油・天然ガス・石炭)が主要なエネルギー供給源になることは間違いなく、化石燃料に対する再生可能エネルギーの拡大はエネルギー供給量全体では限定的であると予想されます。最近、注目を浴びるEV(電気自動車)があるではないかと言う方もいるかもしれません。しかし、現在の内燃(ガソリン等)機関に完全に取って替わったとしても、世界の輸送燃料用途の中で、自動車産業が占める割合は実は僅か21%に過ぎませんし、アジアを中心に経済発展を遂げる国々のガソリン需要増加で相殺されるため、電気自動車が増えても、それを上回る石油製品需要が見込まれます。また、現時点では同じクラスのガソリン車と比較しても電気自動車は2倍程度、またはそれ以上高価であることも電気自動車の市場シェアに限界を齎します。従って、石油産業を駆逐することにはならないでしょう。(図4/Lambert Energy Advisory資料より筆者作成)

図4  参考:EV(電気自動車)は石油を駆逐するのか?

  (2) ロシアにとっては、電気自動車よりも深刻なのは欧州を中心に進もうとしている脱炭素化、エネルギートランジションの動きです。ロシアにとって欧州市場は石油ガス販売のドル箱であり、極めて重要です。しかし、2015年パリ協定が合意され、2017年6月には米国がパリ協定を離脱して独自路線を進むことを宣言し、2019年には国連気候変動サミット(グレタさんが登場されました)等で地球温暖化問題・気候変動問題に関する話題が活発に話し合われています。

 パリ協定を受けて、欧州はゼロ・ミッション政策を進めようとしています。2030年~2050年に至る長期戦略ですが、2050年までに二酸化炭素(CO2)排出量を正味ゼロにする政策です。これを聞くと、欧州では化石燃料を使わなくなるのではないかと考えてしまいますが、実際には、仮にゼロ・エミッションを達成したとしても、2050年における欧州の一次エネルギー供給の内、約半分(49.8%)は実は石ガスをメインとする化石燃料に依存する想定なのです。ポイントは「正味ゼロ」というところにあり、あくまで排出した分のCO2は相殺しましょうという政策で、森林植樹や新技術(二酸化炭素貯留/CCS)を用いて地中にCO2を埋めて空気中に出さないということで気候変動に対応していくということなのです。従ってドル箱欧州が露に消えるというわけではない点、ロシアにとっては良い話ですが、いずれにせよ化石燃料のシェアは縮小する方向であることには間違いなく、温暖化政策シナリオの内、1.5TECH(COMBOをベースに1.5度を抑制)というシナリオでは再生可能エネルギーのシェアが6割を超え、石油ガスのシェアは16%に留まることが想定されており、ロシアにとっては脅威となるでしょう。(図5/資源エネルギー庁及び欧州委員会資料より)

図5 ドル箱欧州市場のエネルギートランジション・脱炭素化の影響は?

 4.世界最大の石油天然ガスの生産ポテンシャル

 北極圏は、温暖化・気候変動の影響で海氷が少なくなって来ておりますが、この点が、ロシアに石油・天然ガス開発において大きなポテンシャルを与えています。北極圏の石油ガスポテンシャルに関する調査では、原油の可採埋蔵量(473バレル)に加えて、特に天然ガスの可採埋蔵量が北極海に面する他国(ノルウェー、カナダ、米国等との比較)に比べて圧倒的に多いと云われておりまして、その数値は2,542億BOEに上ります。つまり、現在のサウジアラビアの原油確認埋蔵量(2,662億バレル)と同規模の巨大埋蔵量ポテンシャルがあると考えられております。

 また、近年米国で始まったシェール革命もロシアには新たなポテンシャルを提供しています。シェール革命とは何か、分かりやすく補足しますと、石油や天然ガスは根源岩で生成され、上昇して貯留岩で溜まり油ガス層を形成します。これが油田でありガス田ですが、実は最初に生成された根源岩にも石油ガスの搾りかすのようなものがあります。この層(シェール層)までもう少し深く、新たな技術で掘削し、搾りかすを抽出していくことに成功し、現在米国を中心に大規模に生産を拡大しているのがシェール革命です。このシェール層ですが、実は世界最大のシェール層はロシアの現在の最大の生産地域である西シベリア堆積盆に存在しています。バジェノフ層と呼ばれるそのシェール層は、現在米国でシェールオイル生産の牽引役となったバッケン層の二倍はあると言われており、世界最大と考えられています。しかし、このロシアに存在する二つのポテンシャルに対する開発は思ったようには進んでいません。その大きな理由は後述しますが、欧米による対露制裁です。(図6/IEA-WEO、EIA、JOGMEC-IHSによる調査結果より)

図6 ロシアが抱える課題:求められる新規フロンティア開発

第2.ロシア東方シフト

 1.西オンリーから東西両方へのシフト

  ⑴ アジア向けへの転換

 ロシアからの原油・ガスフローは、従来は西(欧州向け)オンリーでしたが、今休息に東西両方への供給にシフトして来ております。

 原油供給で申しますと、10年前である2009年時点ではロシア産出の原油のほぼ100%がヨーロッパ諸国に供給され、アジアへの石油供給は微量に限られていました。2019年時点ではアジアへの供給が急速に増加し、原油は72%が欧州向け、28%がアジア向けに変化してきております。

 また、天然ガスは、10年前の2009年時点では、丁度その年サハリン-2によるLNG輸出が始まりました。それまでは100%が欧州向けでした。2009年以降、7~9%がアジア向けで、残りがヨーロッパ向けとなっておりましたが、2019年には、サハリン-2に加わり、2017年からヤマルLNGプロジェクト、そして2019年からは対中天然ガスパイプラインの稼働も始まり、アジア向けが24%に増加し、欧州向けが76%に減少していく傾向にあります。

 一方、天然ガスに関してはロシアが抱える課題の1つが出現しています。図7の右下のグラフではロシア産天然ガスの世界供給に占める割合を濃い青の線で示していますが、減退傾向を示しているのが分かります。この原因としましては、世界全体で天然ガスの生産量も需要量が増加してきており、競争が激化していることが挙げられます。特に、ロシアにとってのドル箱市場である欧州では、カタール、ノルウェー、北アフリカ、そして中央アジアからも天然ガスが入ってくるようになりました。ロシアとしては、そのシェアを挽回するためにもガス市場に成長著しい中国を中心とするアジア太平洋にシフトせざるを得ないという事情があります。(図7/BP Statistical Review、Transneft、Gazprom各社資料より)

図7 ロシアからの石油ガスフローの変化:西onlyから東西へ

  ⑵ 日本への影響等

 近年、ロシアが東シベリアから極東に原油・天然ガスパイプラインを建設し、アジア太平洋諸国向けに石油や天然ガスを供給していることは良く知られているところですが、この点、日本も非常に大きな恩恵を受けています。

 言うまでもなく、日本の原油調達は、中東地域に大きく依存しており、中東地域の政治情勢に日本のエネルギー安全保障は多大な影響を受ける立場にあります。しかし、ロシアが建設した原油パイプライン(東シベリア・太平洋原油パイプライン/ESPO)の稼働により、2015年には、日本の全ての原油調達地域の中でロシアが8.8%の割合を占めるようになりました。中国の参入(Rosneft及びCNPCによる長期契約の発効と中小製油所への原油輸入ライセンスの自由化)による、その後、日本のシェアは減少傾向にはありますが、それでも、2019年現在で5.3%を占めています。

 もちろん、①サウジアラビア(30~40%程度)や②UAE(20~25%程度)にはかないませんが、③カタール(7~10%程度)、④クェート(7~8%程度)、⑤イラン(4~6%程度)には、肩を並べる水準にまでロシアは急速に日本市場でのシェアを拡大して来ています。

 また、日本の天然ガスの調達地域としても、2009年のサハリン-2稼働による初のロシア産LNGの輸入開始以降、安定的に10%弱の供給シェアを維持しており、2019年現在でも日本の全ての天然ガス調達地域の中でロシアが8.1%を占めています。(図8/出典:財務省資料より)

 さらに日本に供給されるLNGの価格では、ロシアが2番目に安い価格を提供していることも注目すべき点でしょう。この背景には契約条件が有利だったという理由もありますが、地理的にロシアが日本に最も近い大産油ガス国であることに起因しています。カタールからLNGタンカーで輸送する場合は3週間もかかるのに対し、サハリンからLNGを輸送した場合は、3日で日本に到着します。

図8 日本のエネルギー安全保障の鍵を握り始めたロシア

 2.ロシアが抱える課題①:長大なインフラの維持と限られた埋蔵量

 パイプラインは莫大なコストをかけて建設されています。そして、パイプラインを使用するということは、使用料(輸送タリフ)を誰かが支払わなければなりません。

 例えば、中東から原油を日本まで輸送する場合、1バレルあたり1~3ドルの輸送コストがかかります。それに対して、ロシアの東シベリアからESPOパイプラインで石油を日本まで輸送するのに、ウラジオストクまでで7~15ドルも輸送タリフを支払う必要があります(日本へは中東から近いとは言え、そこにさらに海上輸送費もかかります)。

 パイプラインの輸送コストは東シベリアで生産する石油会社がパイプラインを独占する国営企業Transneftに支払わなくてはなりません。減退する原油生産量を補完するべく、新規フロンティア開発を進めたいロシア政府ですが、このような高い輸送コストがかかるのであれば、東シベリアで開発したいという石油会社も出てきません。そこで、ロシア政府は東シベリアでの石油ガス開発の場合には、優遇措置として資源抽出税や輸出税を免税することで投資誘致を呼び掛けています。内陸の石油ガス開発にはインフラ、即ち、パイプラインが必要で、そのパイプラインを稼働させるには石油ガス開発が進まなくてはならず、そのためには優遇税制がなければ石油会社は魅力を感じない。このような背景の下で、前述の通り、アジア太平洋に向けた石油ガフローが成立しているのです。言い換えれば、ロシア政府が身を切って免税措置を採ってくれていることにより、日本のエネルギー安全保障が確保されているということであり、日本人としてこのような事実を理解しなければならないと感じる事実でもあります。(図9/Transneft等資料より筆者取り纏め)

図9 世界最大の領土=長大なインフラの維持にかかるコスト

 また、ロシアにとっては東シベリアに十分な埋蔵量があるのかどうかというところも悩ましい課題です。そのために上流開発を活発化するべく優遇税制を布いているわけですが、現在判明している埋蔵量から計算すると、このままの生産レベルで行くと、あと15年程で東シベリアの原油埋蔵量は枯渇する可能性があるとも云われおり、それまでに新たな油田を開発しなければならないのです。これもロシアが抱えている深刻な課題の一つと言えるでしょう。

 3.ロシアが抱える課題②:無視できない中国市場と求められるレバレッジ

 ロシアにとっては、中国は欧州を代替し、発展が見込める巨大市場であり、中国が買ってくれれば良いのは間違いありません。実際、大慶支線での直接販売に加え、ウラジオストク発のESPO原油輸出のバイヤーとして、中国は2015年以降、大きくシェアを拡大し、2018年には79%を占めるようになりました。他方、それに呼応するように日本のシェアは徐々に下がり続け、同年では9%のシェアまで減少しています。

 この中国の急激なシェア拡大は、2015年にRosneftが中国国営石油会社であるCNPCとの間で、長期契約の履行を開始したことに起因します。さらに2016年には中国政府が原油の輸入認可対象を中小の製油所にも拡大したため、これら地方のロシアに近い中小製油所が大量にロシア産原油を購入するようになりました。

 しかし、これでロシアがハッピーかと言うとそうではありません。例えば、RosneftとCNPCが結んだ長期原油供給契約における原油販売価格は国際価格ではないのです。当時のロシアの対外政策・地政学的な理由もあったようですが、中国は1バレルあたり0.7ドルから1.5ドルを値下げして買うことに成功しています。年間にすれば400億円の値下げに相当し、それでもロシアは中国に売らなければならないという契約になっているのです。ロシアには中国という無視できない市場に対して、中国とロシア産原油・ガスを巡って競争してくれる相手(レバレッジ)が必要であり、そこに目が向くのが日本や韓国です。中国は、①巨大バイヤーで、②地理的にも近く、③地政学的には仮想敵国という立場にもあって交渉ポジションが強い立場にあります。さらに、中国は、④ロシア企業同士も競争させ、安価な資源をロシアから獲得しようと画策する強かな交渉相手でもあります。例えば、中国はNOVATEKが主導するヤマルLNGとアルクチク(Arctic)LNG-2の両プロジェクトにも上流に参画し、生産されるLNGを引き取る権利を有しています(Off-taker)。一方で、Gazpromからは天然ガスパイプライン「シベリアの力」でパイプラインでの天然ガスの輸入も始めています。つまり、NOVATEKとGazprom、LNGとパイプラインのガス価格を比較でき、競争させられる立場に付けているのです。

 天然ガスパイプライン「シベリアの力」は昨年12月に稼働を開始しましたが、実は2008年から6年間以上も交渉をして合意できなかったものが、ウクライナ問題の発生とクリミア併合が実行された直後の2014年5月、即ち、欧米が制裁を開始してたった2カ月後に中露間で天然ガスの長期供給契約に合意してしまいました。この拙速な合意の背景には、ウクライナ問題を巡り国際的に孤立するロシアが中国に対して接近せざるを得ず、契約内容に関しては何らかの譲歩を行ったものと推察されます。(図10/Gazprom公開情報等から筆者取り纏め)

図10 Gazprom及びNOVATEKのプロジェクトへの中国企業の関与

 

(2020年1月20日②につづく)

2019年11月18日

第15回ロシア法研究会が開催されました。

 今回のロシア法研究会のテーマは:『日ロ平和交渉の現状』になります。講師は、朝日新聞社の論説委員をおつとめになる駒木明義さまをお迎えいたしました。駒木様から、以下のとおりご講義をいただきましたので、ご報告申し上げます。
 なお、本テーマに関しましては、様々なご意見、ご見解があろうかと存じますが、その中の一つとしてご理解いただけますと深甚です。
 それでは、駒木様、宜しくお願いいたします。

 昨今、安倍政権がロシア連邦との平和条約締結に向けて、前向きに活動をしておりますが、本日は最近の状況につきましてご報告いたします。

第1.まずは、これまでの日露間の条約の状況について、簡単に確認いたしましょう。

以下の表は、外務省の資料から引用したもので、日本政府の理解に基づくものです。
(外務省ウェブサイトより:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/hoppo_keii.html

1)日魯通好条約(1855年)
2)樺太千島交換条約(1875年)
3)ポーツマス条約(1905年)
4)サンフランシスコ平和条約(1951年)

細かい点は割愛いたしますが、上記の経緯を踏まえまして、4)のサンフランシスコ平和条約には、日本は南樺太と千島列島を放棄する、との内容が記載されていました。

日本政府は、当初、ヤルタ協定で放棄が合意されたとされる千島列島の範囲に、国後島・択捉島まで含まれると公に説明していました(「千島北部・南部の分類論」)。しかし、この説明は1956年2月に正式に取り消されるに至りました(森下外務政務次官答弁) 。

その背景としましては、アメリカ合衆国のダレス国務長官が、日本がソ連に対して4島全ての返還を求めないと、沖縄を返還しない、と要求したとする話や、55年保守合同体制の際、親米派(吉田茂等)の意見が新しい自由民主党の統一見解として優先された等の話が指摘されております。

5)日ソ共同宣言(1956年)
 その後、ソ連との国交回復のため日ソ共同宣言が合意されました。
 その中には、平和条約が締結された後に、歯舞群島及び色丹島を日本に引き渡すと記載されておりますが、国後島・択捉島には言及されてございません(第9項)。こちらも外務書のウェブサイトに日本語版が掲載されております。

(外務省ウェブサイトより:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1957/s32-shiryou-001.htm

『日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。

ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。』

上記宣言を採択した当時の時代的背景としては、ソ連との国交回復や、日本の国連復帰、そして、シベリア抑留者の帰還等の必要性があり、領土問題は上記のとおり先送りされた形です。いろいろな妥協を強いられた結果だと言われます。

第2.安保体制とソ連崩壊

1951年にサンフランシスコ平和条約と同時に締結された日米安保条約は、1960年に新日米安保条約として改訂されましたが、これに対して、ソ連側は非常に大きな危機感を抱きました。当時、フルシチョフ書記長は領土問題は解決済みとして、日本国との間に領土問題は存在しないとの立場を採っていましたが、1973年、田中角栄首相がソ連を訪問した際、ブルジネフ書記長に領土問題があることを認めさせたとされます。

 その後、1991年、ソ連が崩壊して冷戦が終結しました。ソ連はロシア連邦に引き継がれた形になりましたが、1993年にエリツィン大統領が来日した際、北方4島の島名を列挙した上で北方領土問題をその帰属に関する問題を解決した上で平和条約を早期に締結するとして、日露共同文書が発表されました(東京宣言)。

 4島すべての帰属の問題であることを認めさせたのは前進でしたが、他方で、いったん56年宣言で引き渡すとした歯舞・色丹島の帰属の問題について、再度、俎上に上げてしまったとも言われます。(こちらは、現在のプーチン大統領の立場です)

第3.安倍政権と日露平和条約交渉の現在位置
 1.北方経済フォーラム(ウラジオストック)
 ご存知のとおり、2018年9月12日、ウラジオストックの北方経済フォーラムで、プーチン大統領が、突然、「平和条約を締結しよう。今とは言わないが、年末までに。いっさいの前提条件をつけないで」(=領土問題を平和条約の条件としない、を意味する)と発言したことが、日本では大きく報道されています。

 しかし、プーチン大統領の上記発言は、その直前に、安倍首相が、周近平、その他の諸国の代表者と聴衆の面前で、㋐「プーチン、もう一度ここで、たくさんの聴衆を証人として、私たちの意思を確かめ合おうではありませんか。今やらないで、いつやるのか、我々がやらないで、他の誰がやるのか」㋑「平和条約締結に向かう私たちの歩みに御支援を頂きたいと思います。力強い拍手を、聴衆の皆さんに求めたいと思います」㋒「ロシアと日本が力を合わせる時、ロシアの人々は健康になる。ロシアの都市は快適になる。ロシアの中小企業はぐっと効率を良くします」と発言したことを受けてのことでした。
 なお、上記㋒については、多少、プーチン大統領の耳に否定的に響いた部分もあったのかもしれません。

 しかし、双方は、食い違う解釈を示しています。

 安倍首相は、2018年9月14日、日本記者クラブで、以下のように説明しています。

「プーチン大統領が述べたこと、さまざまな言葉からサインを受け取らなければならない。平和条約をちゃんとやろうと言ったことは事実。日本の立場についてはあの発言の前にも後にもちゃんと私は述べている」

「今年11月12月の首脳会談は重要な首脳会談になっていくと思っている」

 他方で、プーチン大統領は、その後の2018年10月18日のバルダイ会議で、領土問題と平和条約を切り離すことを明確に表明しています。

「島の問題の解決なしに平和条約を結んだとしても、将来も問題を解決しないということではないし、歴史のゴミ箱にすてるわけでもない」

「日本とは70年話し合い、行き詰まっている。だから平和条約をまず結び、信頼のレベルを上げて前進しよう」

2.シンガポール日露首脳会談(2018年11月14日)
 その後のシンガポール日露首脳会談では、安倍首相は、

「次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つというその強い意志を、大統領と完全に共有。1956年共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させることで合意」したとしました。

 上記のうち、1956年共同宣言に立ち戻るということは、4島ではなく、2島返還を重視することになります。

 しかし、これに対するプーチン大統領の翌日の記者会見では(同年11月15日)、

「そこ(56年宣言)には、島の南部2島をソ連が引き渡す用意があると書かれているが、どのような根拠で誰の主権の下で行われるかは書かれていない。すべては真剣な研究の対象だ」

と発言して2島返還を牽制しています。

3.ブエノスアイレス日露首脳会談(2018年12月1日)
 さらに、その後にブエノスアイレスで開催された日露首脳会談では、両首脳は、日露平和条約締結交渉の加速化させるため、㋐河野外相、ラブロフ外相を交渉責任者、㋑森外務審議官、モルグロフ外務次官を交渉担当者(両首脳の特別代表)、とすることで合意しました。

4.相次ぐロシアの牽制(その1)

 しかしながら、領土問題と平和条約交渉については、その後、ロシア側からの牽制が続きます。以下、簡単に纏めてみます。

①プーチン大統領大記者会見(2018年12月20日)

 沖縄問題に言及「この種(安保問題)の決定について日本がどの程度主権を有しているのか分からない」「皆が反対しているのに沖縄の基地計画は進んでいく」

②ロシア外務省の抗議(2019年1月9日)

 帰属変更に住民の理解がいる、2019年が転機になる、との安倍首相の発言に対して、ミスリーディングである、とのこと。

③ラブロフ外相(2019年1月14日の外相会談後)

 「主権は協議されていない」「第二次大戦の結果を認めることが最初の一歩」「河井克行氏の発言は言語道断」「イージスアショアは中ロのリスク」

5.相次ぐロシアの牽制(その2)

①プーチン大統領記者会見(2019年1月22日、日露首脳会談後)

「この先には骨の折れる作業がある」「解決策は、両国の世論に支持されるものでなければならない」

②全ロシア世論調査センターが結果発表(2019年2月19日)

「島を引き渡すべきではない」が四島住民の96%

③プーチン大統領非公開の発言(2019年3月14日、産業企業家同盟)

「交渉のテンポは失われた」「安倍首相は引き渡し後の島に基地を置かせないと約束したが、その手段を持っていない」「日米安保からの離脱が必要」

6.大阪G20での日ロ首脳会談(2019年6月)
 さて、その後、大阪でG20サミットが開催された際、日ロ首脳会談が、再度、開催されましたが、結果は、予測されたとおり、あまり進展しないものでした。

 ⑴ 予測された結果

 G20サミット前、プーチン大統領のロシアでの生番組での質疑応答にて、既に、以下の質疑応答を行っていました。

Q:安倍首相との会談でなにを期待しているか?

⇒「対話の継続だ」

Q:南クリルのロシアの旗を下ろすのか?

⇒「そのような計画はない」

※事前に日本メディアとのインタビューはありませんでした(プーチン大統領は、外国に訪問する前に、訪問予定国のメディアのインタビューを受けることが通例)

 ⑵ 会談の「成果」とは?

 日本側としては、何の成果もなければ困りますので、日本側のみがペーパーを出しました。
 上記に記載される「共同経済活動」とは、いったい何でしょう?

㋐10月30日~11月2日、「北方領土観光試行ツアー」が実施された。「一般客」33人と政府関係者ら11人が国後、択捉島を訪問しました。

㋑日本人の現地入りには従来の四島交流の枠組みを利用する=ロシア側からみると入国手続をしている、日本側からみると入国手続をしていない、という理解でした。

㋒観光試行ツアーだけでなく、将来的には、商業ベースで訪問できるようにしたい。

㋓しかし、現地で養殖、風力発電、ゴミ処理、いちご・・・、等の産業を育成するにしても、いったい、どちらの法律が適用されるのか?また、紛争解決をどうするのでしょう?

㋔共同経済活動の実施のための「人の移動の枠組み」(上記㋐㋑)や「法的課題」(上記㋒㋓)は、打開のメド立たず。やはり、商業ベースは難しそう。

⇒現状では、G20首脳会談の努力を無駄にしないために、何等かの観光ツアーの実施が精一杯の状況かもしれない。

第4.ロシア側の立ち位置
 1.2つの前提条件
 ロシア側には、領土問題解決と平和条約締結には、以下の2つの前提条件があると理解されます。
①第二次世界大戦の結果、北方4島が合法的にロシア領土となった事実を認める。
②日米安保条約へのロシアの懸念を払拭する。
(しかも、上記①②を受け入れれば、平和条約締結や領土が返還される、とはロシアは言っておりません。)

 2.ロシア側の論拠(国際法上)
 ロシア側が、北方4島がロシア領であるとする論拠は、概ね、以下の①~④に整理されると思料されます。

①ヤルタ会談 
 スターリン、ルーズベルト、チャーチルがソ連の対日参戦と引き換えに、南樺太の返還、千島列島の引き渡しで合意したこと。
②日本の降伏文書 1945年9月2日署名
「米国、中華民国、英国が発し後にソ連が参加したポツダム宣言を受諾する」
(ポツダム宣言第8項)
「日本の主権は本州、北海道、九州及び四国並びに我らの決定する諸小島に極限せらるべし」
③サンフランシスコ平和条約 1951年9月8日署名
「日本は千島列島に対する権利、権原、請求権を放棄する」
④国連憲章107条(旧敵国条項)
「旧敵国の行動に対して責任を負う政府が戦争後の過渡的期間の間に行った措置(休戦・降伏・占領など)は、憲章によって無効化されない」

  【上記④に関するラブロフ外相の解釈(2015年5月)】
「107条には『戦勝した連合国の行ったことはすべて神聖でありゆるがせにできない』ということが書かれている。言葉は違うが、法的にはそういうこと。彼ら(日本人)を国連憲章に引き戻せば、何も反論できない」

(参考)ただし、日ソ共同声明(1991年4月ゴルバチョフ大統領と海部首相)では、「双方は、国際連合憲章における『旧敵国』条項がもはやその意味を失っていることを確認」したとされています。

 3.西側諸国に対する対策
 その他、日米安全保障条約の下、北方領土は、ロシア側にとって、オホーツク海近辺を中心とする軍事的価値が非常に高いとされています(軍事的価値)。
 また近時、中ロの接近が指摘されており、例えば、イージスアショア艦などは、「中ロの脅威」として表現されています(中ロ接近)。

第5.浮かぶ疑問点
 1.「安倍首相は2島路線に舵を切ったのだろうか?」
 従来の4島返還から2島返還への路線変更がなされているとの主張があります。
 その背景として、北方領土問題について、従来の外務省主導から、官邸(経産省)主導に切り替わったのではないかと云われることがあります。
 しかし、2島返還路線についても、両首脳間に大きなすれ違いがあるようです。

安倍首相:「1956年宣言を基礎に交渉を加速させます」「私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つという強い意志を大統領と完全に共有」

プーチン大統領「1956年宣言には主権を引き渡すとは書かれていない。条約で四島をロシア領と確定し、その後に引き渡しの条件を交渉する」「長い綿密な作業が必要であるし、両国の世論に支持されることが必要である」

 2.「ロシアは急に態度を硬化させたのか?」
 ロシア側は急に態度を硬化させたのか? という見方もあるようですが、プーチン大統領は、2004年~2005年頃から、一貫して4島がロシア主権下にあることを主張しており、基本的に変わっていないと理解されます。
 上記時期の世界的情勢は、次のとおり、西側が勢力を拡大する一方、内国ではプーチン大統領が国内的な基盤を安定化させた時期でもありました。

  ⑴2004年~2005年のロシア内外の政治情勢―この頃、何があったのか?

NATO拡大 バルト3国、スロバキア、スロベニア、ルーマニア、ブルガリア                                     2004年3月(ゴルバチョフの失敗)
ラブロフ外相就任            2004年3月9日
プーチン大統領再選          2004年3月14日
中ロ国境協定                          2004年10月14日(批准は2005年)
オレンジ革命                         2004年11~12月
戦勝60周年記念式典               2005年5月9日
プーチン大統領訪日              2005年11月20~22日(政治文書出せず)
ミュンヘン安保会議でのプーチン大統領「新冷戦演説」は 2007年2月

  ⑵上記時期に転機―既に4島ロシア主権下論が形成(仮説)

   ①プーチン大統領記者会見(2004年12月23日)

 56年宣言について「どんな条件で(2島を)引き渡すのか、いつ引き渡すのか、どの国の主権が適用されるのかは書かれていない」

   ②ガルージン公使論文(国際生活2005年6月号)

 「日本がナチスドイツの同盟国だったこと、第二次大戦の結果としてヤルタ合意に基づいてソ連にクリル諸島が引き渡されたことを忘れてはいけない」 ※ただし、「択捉、国後、色丹、歯舞の帰属の問題を解決して平和条約を締結することで国境を正常化する」という東京宣言に沿った見解も併記

   ③プーチン大統領国民との対話(2005年9月27日)

 4島について「ロシアの主権下にある。国際法によって確定しており、第二次大戦の結果である。この点について議論に応じる考えはない」

   ④ロシア外務省高官(2005年9月30日)

 取材に対して「まず4島の主権がロシアにあることを平和条約で確定させる。その後、初めて2島引き渡しの交渉を始める。これが、ロシア政府として正式に確認した方針だ」

第5.他国との領土問題の解決
 1.「50:50」での決着
①中ロ国境のタラバロフ島と大ウスリー島(2004年に合意)
②ノルウェー・ロシア境界のバレンツ海・北極海(2010年に合意)

 2.「100:0」での決着(事実上)
 エストニア側が領土回復を断念することを内容とする国境条約に署名(2005年)し、2014年には修正条約にも署名したが、NATO加盟やウクライナ問題等の影響により、未だに批准されていない。

 ⇒従って、中間路線で、2島返還で解決できるという保証はないでしょう。

 
  駒木様からのご講演は、以上のとおりとなります。

  駒木様におかれましては、長年、新聞社の論説解説委員をつとめられたご経験から、貴重なお話をお聴かせ下さいまして、誠に有り難うございました。複雑とも言われるこのテーマを大変分かりやすくご解説下さいまして、参加者の皆様も、非常によく理解できたとおっしゃっていました。改めまして、つつしんで御礼申し上げます。(文責小川)。

※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。

※また、冒頭に申し上げましたとおり、本テーマに関しましては、様々なご意見、ご見解があろうかと存じます。その中の一つとしてご理解いただけますと深甚です。

2019年11月1日

アレクサンドル・コノヴァロフ司法大臣とのラウンド・ミーティング(円卓会議)が開催されました。

前日、開催されたカンファレンス「日露学生の模擬国際仲裁」に引き続き、翌日(11月1日)朝、ユジノサハリンスクに到着されたアレクサンドル・コノブァロフ司法大臣が、関係者と一緒にラウンド・ミーティング(円卓会議)を開催されました。

《翌日(11月1日)に開催された大臣のラウンド・ミーティング(円卓会議)の様子》

〔参加者:敬称略〕
Alexander Konovalov(ロシア連邦司法大臣)、
Andrey Gorlenko(ロシア仲裁センター代表)、
Anna Kiseleva(同センター・ウラジオストック事務次長)、
Oleg Fedorov(サハリン国立大学法学部学長)、
Denis Borodin(同大学科学発展部学長)、
セルゲイ・ポノマレフ(弁護士、元検事正、ロシア地理学会サハリン州支部長)、
Makisim Belyanin(ユジノサハリンスク弁護士会会長)、
久野和博(在ユジノサハリンスク日本総領事)、
川村明(弁護士、日本仲裁人協会会長、日露法律家協会議長(理事長))、
小川晶露(弁護士、同協会事務局長)、
柴田正義(名古屋大学大学院法学研究科ロシア法専攻)、
竹内大樹(神戸大学大学院法学研究科ロシア法専攻)、
ロシア学生4名(サハリン国立大学法学部生)、
その他、サハリン国立大学の教授数名、
(以上合計15名程度)

《モスクワから6時間の時差を超えて到着し、直ちに円卓会議を主催される大臣》

 ①まず、大臣からご挨拶があり、今回のカンファレンスの主催者、共催者、そして、日本からの参加者に対する謝辞がありました。
 ②次に、アンドレイ・ゴーレンコ・ロシア仲裁代表から前日カンファレンスの報告と、日露学生と関係者、特に、日本側では当協会議長の川村明弁護士の取り組みに対する評価と謝意が述べられた。
 ③川村明弁護士から、今回の催事が大成功であったこと、日露学生ともに素晴らしかったこと、協会の人的資源は将来を担う若い世代にも広がっていること、ロシア極東と北海道に仲裁調停の紛争解決制度が発展する日が来ることを確信したこと、等のお話がありました。

 

《極東地域における国際仲裁の重要性を発言される川村明共同議長》
《円卓会議の全体の模様》

 ④その後、大臣から日露学生に対するヒアリングがありました。
 日本の学生からは、準備が大変だったが大変勉強になったこと、国際商事仲裁の重要性を改めて実感できたこと、将来、ロシア語で国際仲裁に取り組む実務も携わりたいこと等が述べられました。
 他方、ロシアの学生からは、日本チームは入念に準備し、ロシア語力も高かったこと、自分達も大変勉強になったこと、貴重な機会を与えて頂いたこと、また同様のイベントがあれば是非参加してみたいこと、等が述べられた。

 そして、大臣からは、各種のロシアや世界の判例や実務について、どのように情報を収集して準備したのかという質問がありました。
 ※大臣は、双方の法分野の発展のためは、日露の法情報がどのようなリソースから獲得されているのか、関心を持たれているご様子でした。
 
 それに対して、日本学生からは、インターネットの活用が有益であるが、特にロシア法に関する資料(論文、判例)を収集することの難しさについて言及がありました。そして、相互に有益な情報を共有するためには、日本およびロシア双方の法的資料と人的交流をますます促進する必要があること、法分野でお互いにロシア語・日本語を理解する研究者や実務家がもっと多く登場すべきであること等の回答がありました。

 ⑤以上を踏まえた上で、大臣から、以下のとおり総括がありました。
 ・日本国とロシア極東は地域的に近接している。今回のような催事は、今後も人的交流の発展のため継続してきたい。
 ・極東地域は政治的、民族的、経済的に異なる諸国が関係し合っている。そのような複雑な地域で、商事事件を中心に適切な紛争解決インフラを築くことは、地域の発展にとって非常に重要なことである。
 ・日露双方が情報や資料を交換できることは非常に有意なことと思料される。人的交流、その中でも特に、法律家による人的交流の広がりは、今後も非常に重要な課題と思料されるので、引き続き、今回のような活動を後押ししていきたい。

 その後、当協会を代表して、川村明弁護士から大臣に対し、記念品を贈呈させて頂きました。

《大臣と記念品の交換をされる川村明弁護士・日本仲裁人協会理事長・日露法律家協会共同議長》

 以上のとおり、アレクサンドル・コノブァロフ司法大臣と関係者によるラウンド・ミーティング(円卓会議)が開催されましたので、ご報告いたします。この模様は、ロシア司法省の公式ウェブサイトにも掲載しれています。https://minjust.ru/mobile/ru/novosti/av-konovalov-prinyal-uchastie-v-kruglom-stole-po-podvedeniyu-itogov-konferencii?fbclid=IwAR3zBbyx8WWCvWx-KnpQeZpKnFst3VR8Ol-V4Iw4kmBt4bCg73q9Q5-EDzI

 末筆になりますが、以下、関係者の皆様に深く御礼申し上げます。
 今回のユジノサハリンスクでのカンファレンスは、北海道とユジノサハリンスクの日露相互の弁護士による長年にわたる友好と交流という財産の上に成り立ったものです。交流に尽力する北海道からの長友隆典弁護士(当協会事務次長、長友国際法律事務所)と、サハリン現地でフルアテンドして下さったイワン・ショカレェフ・ロシア国弁護士におかれましては誠に有り難うございました。

《20年以上にわたる北海道弁護士会とサハリン弁護士会の友好関係に尽力される長友隆典弁護士(右)とイワン・ショカレェフ弁護士(左)》

 また、模擬仲裁における日本側の仲裁人として仲裁人役を引き受け、すべてロシア語で行われる主張反論と仲裁手続に対応するという難役をこなされた中野由紀子弁護士(同事務次長)におかれましても、お見事でした。そして、誠に有り難うございました。
 そして何よりも、今回の催事において最初から最後までリーダーシップを発揮し、日露の学生に温かく接して下さり、そして、日本側として胸を張れるような今般の貢献と成果に導いて下さった川村明先生には、つつしんで御礼申し上げます。誠に有り難うございました。(文責小川)

(以下、会議終了後の様子です。)

《円卓会議後の模様:極東地域における日露交流の重要性をお話される川村明弁護士》
《ロシア企業代理人役をつとめたロシア学生と握手する川村明弁護士》
《最後に日露学生の集合写真~素晴らしい模擬国際仲裁でした》

(以 上)

 

2019年10月31日

カンファレンス「日本とロシアの模擬国際商事仲裁」がユジノサハリンスクで開催されました

令和元年10月31日、ロシア・ユジノサハリンスクのサハリン国立大学において、カンファレンス『日本とロシアの国際商事仲裁』が開催されました。

このイベントは、ロシア側はサハリン国立大学(Сахалинский государственный университет)(http://sakhgu.ru/)、ロシア仲裁センター(https://centerarbitr.ru/about/text/)、ロシア連邦司法省、サハリン弁護士会の4団体が協力して開催したものですが、日本側は当協会(日露法律家協会)がカウンターパートをつとめさせて頂きました。また、日本側からの参加者(大学院生・指導引率者・仲裁人役等)は、近時、日本政府の「国際仲裁の活性化に向けた基盤整備」政策を実現するための事業の一つとして、2018 年5 月にわが国初の国際仲裁・ADR 専用審問施設として開設された日本国際紛争解決センター(JIDRC)(http://idrc.jp/)から補助を受けて、正式に派遣されました。

《ユジノサハリンスクのサハリン国立大学の様子》
《カンファレンス会場の入口の様子》

 会場には、上記4団体を中心に、大学教授、学生、ロシア弁護士、その他、合計約150名が参加したほか、ロシア側メディや日本側のメディア(NHK放送局)等も取材に来ていました。各メディア等からのリリース内容は、以下URLにありますので、ご参照ください。

NHK放送局-『日ロの学生 経済交流進む中 契約トラブルテーマに議論交わす

サハリン地元メディア-『В Южно-Сахалинске прошла конференция “Международный коммерческий арбитраж в Японии и России”』

なお、翌日の円卓会議はロシア連邦司法省にも掲載されています―『А.В. Коновалов принял участие в круглом столе по подведению итогов конференции «Международный коммерческий арбитраж в России и Японии: национальный опыт и перспективы развития»

 カンファレンスの進行と内容は、以下のとおりになりますので、ご報告申し上げます。

第1.第1部

1.登壇者から挨拶

 (登壇者:敬称略)
アンドレイ・ゴルレンコ(Andrey Gorlenko) ロシア仲裁センター代表
アレグ・フェドロフ(Oleg Fedorov) サハリン国立大学法学部学長
マキシム・ベリヤニン(Makisim Belyanin) サハリン弁護士会会長
川村明 弁護士、日本仲裁人協会会長、日露法律家協会議長(理事長)
久野和博 在ユジノサハリンスク日本総領事

《敬称略:左から順番にアンドレイ・ゴルレンコ(Andrey Gorlenko)ロシア仲裁センター代表、アレグ・フェドロフ(Oleg Fedorov)サハリン国立大学法学部学長、マキシム・ベリヤニン(Makisim Belyanin)サハリン弁護士会会長、川村明(弁護士)日本仲裁人協会会長・日露法律家協会議長(理事長)、久野和博在ユジノサハリンスク日本総領事》
《川村明(弁護士)日本仲裁人協会理事長・日露法律家協会共同議長からのご挨拶》

2.基調講演―ロシア国際商事仲裁の概略と近時の改正:ゴーレンコ代表から、国際商事仲裁についての講演

(以下は、講演に使用されたスライドの概略のみ)
 ・ニューヨーク条約の枠組み
 ・近時のロシアの仲裁法の改正①
 ・近時のロシアの仲裁法の改正②
 ・仲裁手続の進行
 ・仲裁判断の執行
 ・ロシア仲裁センターについて
 ・ロシア仲裁センターでの取扱件数とデータ報告

 

第2.学生模擬仲裁

 第1部に引き続きまして、第2部では、このカンファレンスの最大のイベントである日本とロシアの学生による模擬国際商事仲裁が開催されました。

 日本とロシアの学生がすべてロシア語で模擬国際仲裁を行うことは、ロシア東西に関わらず史上初めてのことであり、歴史的な催事だったと思われます。

1.参加者〔以下、敬称略〕

①日本企業側―申立人代理人2名
 柴田正義(名古屋大学大学院法学研究科ロシア法)
 竹内大樹(神戸大学大学院法学研究科ロシア法)

②ロシア企業側―相手方代理人3名

③仲裁人役
 アンドレイ・ゴーレンコ(ロシア仲裁センター代表)
 中野由紀子(弁護士、半蔵門法律事務所、日露法律家協会事務次長)
  
セルゲイ・ポノマレフ(弁護士、元検事正、ロシア地理学会サハリン州支部長)

 

2.仲裁事件の内容

 日本企業とロシア企業の間で、ウニ取引に関する契約が締結されたが、ロシア企業から輸入されたウニが新鮮ではないため契約を解除すると日本企業が主張して提訴した事案。

 論点としては、①仲裁条項の準拠法規定がない場合にどう解釈するか。②解除に関する紛争まで仲裁条項が想定していたといえるか、③仲裁人が日本企業側との間で過去に一定の関わりがあった場合に忌避事由とできるか、以上の3つの論点であり、仲裁条項や手続を中心とした論点で構成されました。

3.双方の主張など

 日本側チーム、ロシア側チームは共に、それぞれ、自分達の主張を説明するためのプレゼンテーション資料を作成して本番に臨みました。

 当事者の論理構成の中には、Contra Proferentemや忌避事由に関するIBA Guidelineのいわゆるオレンジ・リストが主張され、また、ロシア連邦憲法との関わりなどの予想外の反論も登場して、難易度は高かったと思います。

 しかし、日本の学生2人は日本企業の代理人としてすべてロシア語で堂々と主張を展開し、ロシア学生3人もロシア企業代理人としてこれに反論し、さらに、仲裁人や当事者間でも質疑が交わされ、聴衆だけでなく取材に訪れたメディアからも撮影される等、会場は大いに盛り上がりました。
 なお、右陪席仲裁人は、当協会事務次長の中野由紀子弁護士がつとめました(下記写真を参照)。

《左側は神戸大学大学院の竹内大樹さん、右側は名古屋大学大学院の柴田正義さん》
《ロシア側の学生たちの様子》
《右陪席仲裁人をつとめた中野由紀子弁護士。流暢なロシア語で学生との質疑応答を行いました。》

 最後に3名の仲裁人から本日の模擬仲裁の講評と総括がなされましたが、いずれも、学生の努力と取組みを労うものであり、第2部の模擬国際仲裁は、当初の想定を遥かに上回る、大成功となりました。

 日本企業の代理人役をつとめて下さった柴田正義さん、竹内大樹さん、本当に有り難うございました。

《NHK放送局から取材を受ける名古屋大学大学院(ロシア法専攻)の柴田正義さん》
《模擬仲裁終了後にロシア側学生の健闘を称えると共にお土産品を渡たす川村明弁護士》

 そして、本日のカンファレンスの総括とフィードバックは、翌日(11月1日)のアレクサンドル・コノヴァロフ大臣とのラウンド・ミーティングで行われました。そちらの記事も、何卒、ご参照ください。(文責小川)

 

 

2019年7月12日

第13回ロシア法研究会が開催されました。

 今回のロシア法研究会のテーマは:『ロシアをめぐる制裁の現状と法的課題~対抗措置法(2018年連邦法127号)も含めて』になります。講師は、モスクワの法律事務所でロシア法務に従事された大沼真先生(長島・大野・常松法律事務所)をお迎えいたしました。大沼真先生から、以下のとおりご講義をいただきましたので、ご報告申し上げます。

《米国の対ロ制裁措置について深い知見と経験を有する大沼真弁護士の研究会発表》

1.総説
 2014年3月、ロシアによるクリミア併合を契機に、アメリカ合衆国とEU諸国が足並みをそろえてロシアに対する経済制裁を発動し、今後もさらに、制裁の拡大強化が見込まれると云われます。

 殊に、アメリカ合衆国は、2018年8月に「アメリカ敵対者に対する制裁措置法(Countering America’s Adversaries Through Sanctions Act)、以下CAATSA)」を成立等させて、イラン、北朝鮮等に加えて、ロシアに対する経済制裁を強化・拡充したことは、近時、著名なニュースとなっています。そして、JETRO調査によれば、これら経済制裁により、在ロシア日系企業の約67%が影響を受けている、と回答しているとのことです。(2018年10月03日発表ジェトロ資料より)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2018/10/68d2a64e718bcd9f.html

 ここで、まず、アメリカ合衆国の経済制裁の概要を、整理しておきましょう。
アメリカ合衆国の経済制裁には、大きく分けて、①国を対象とした包括的(Comprehensive)な経済制裁(対象国:イラン、キューバ、北朝鮮等)、②人(個人や企業)を対象とした経済制裁、③特定のセクター(インコファインナンス、エネルギー、防衛、石油採掘プロジェクト等)を対象とした経済制裁、④特定の地域(クリミア等)を対象とした経済制裁、以上の4つに整理されると云われます。
 そして、対ロ制裁は、上記の②③④のハイブリッド型だと云われます。

2.SDNリスト
 SDNとは、「特別指定国民」(Special Designated Nationals and blocked Persons)の略称であり、アメリカ財務省外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control(以下OFAC)が指定します。SDIに指定されると①SDI被指定者との取引が禁止される、②SDI被指定者のアメリカ国内の資産が凍結される、③SDI被指定者はアメリカ国内に入国できない、等の制裁措置を受けることになります。
 これらは、米国人が遵守しなければならない義務となりますが、ここには、”米国法人“、”米国籍保有者”、”米国居住者“が規制対象となりますので、SDNは、ロシアだけではなく、世界各国の人、例えば、日本人の暴力団等もリストに入っていたりします。米国財務省ウェブサイトでは、SDI被指定者がリストとして公開されています。
https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/SDN-List/Pages/default.aspx

上記からしますと、規制対象者が米国居住者も含まれるため、例えば、米国に拠点を有する日系企業も直接の規制対象となることにご留意いただく必要があります。また、上記リスト被指定者だけでなく、当該被指定者による実質的に支配が及ぶ法人(株式の過半数を保有する法人)なども含まれるとされています(いわゆる「過半数ルール」)。

 このSDIリストは、OFACにより随時更新されています。日系企業の取引の相手方がこれに指定されますと、例えば、①国際決済に利用されるUSドルなどが、日本の銀行からロシアの銀行に送金をする際、仲介銀行であるアメリカ系金融機関で送金に協力してくれない(送金リスク)、②日系企業の役員の一部がアメリカ人である場合、同社内の取締役会での議事や決議への関与に難しい問題がでてくる(決裁リスク)、③仮に、途中でSDIリストに追加指定された場合に契約の解除をどうするか、契約書上の事前の制裁条項をどのように記載するか、④上記の過半数ルールに関して、ロシアの場合、会社の所有関係が良く分からない、見えにくい、複雑である、等の実務的な問題が発生することが指摘されます。

 さらに、SDI規制に対しては、一定の例外ないし経過措置もある General License制度も規定されます。General Licenseとは、SDNと指定される前に、既に取引を開始してしまっている場合は、そのメンテナンス(継続)の範囲ではGeneral Licenseが認められ、制裁の対象から除外されるという規定です。しかし、除外は決して永遠ではなく、6ヵ月基準など、それ以降に更新できるかどうかという、また別の問題が発生したりします。

3.セクター別の規制
 2018年8月に成立した前述のCAATSAにより、①インコファインナンス、②エネルギー、③防衛、④石油採掘プロジェクトの4つのセクターに対して規制が設けられ、上記のSDIとは異なる別のリストであるSSI(Sectoral Sanction’s Identification)に指定されると、上記4つのセクターにおいては、資金調達や決済期限等に対する取引制限があります。
 例えば、上記①②③では、Directive 1(銀行):満期14日を超える新規debt取引・equity取引、Directive 2(エネルギー):満期60日を超える新規debt取引、Directive 3(防衛):満期30日を超える新規debt取引等が禁止されますし、他方、上記④の石油採掘プロジェクトでは、お金の遣り取りだけではなく、プロジェクトへの関与、協力自体が禁止されます。
 なお、このセクター別の規制にも、前記SDNと同様、50%ルールが適用されます。

4.「地域」(=クリミア)を対象とした規制
 以上の外、対ロシア経済制裁では、「地域」=クリミアの「地域」に着目した制限が設けられており、SDNやSSIのリストへの掲載の有無を問わず、クリミアという地域における取引、投資、売買等の一切が行為が禁止されています。
https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/Programs/Pages/ukraine.aspx
 このクリミアを対象とした規制に関しては、注目すべきロシア商事裁判例もありますので、後ほどご紹介いたします。

5.非アメリカ人を対象とした規制
 以上が、すべてアメリカ人(正確には、”米国法人“、”米国籍保有者”、”米国居住者“の全てを含む)を対象とした規制になります。アメリカ人がこれに違反すると、1000万ドルをこえる制裁金を課せられることも珍しくありません。https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/CivPen/Pages/civpen-index2.aspx
 他方、アメリカの経済措置法の一つの特徴として、上記に該当しない非アメリカ人に対しても、次の要件に該当する場合には、制裁の二次的対象者となることに注意を要します(CAATSA228条等)。
①相手が制裁の対象になっているか。
②重要な取引(significant transaction)か。
③幇助(facilitation)に該当するか。
 このうち上記③は、資金を提供、保証を提供、技術供与等、かなり範囲が広いとされます。また、上記②は、取引の態様、頻度、累積回数、マネジメントの認識等を総合考慮して判断するとされますので、かなり、ケースバイケースで判断される。
 非アメリカ人を対象とした規制は、日系企業の実務にとって、非常に重要な課題となっていますが、これまでのところ、ロシア関係でペナルティを課せられたのは、中国企業がロシアから戦闘機を購入した際、OFACにより、この中国企業に対して、輸出ライセンスの取消、外国為替取引禁止、アメリカ国内の資産凍結等の制裁が課せられた1件だけと云われています(ロシア関係以外では他にもあります)。

6.EUの対ロシア規制
 EUにも、基本的にはアメリカと同様がありますが、上記5のような二次的な制裁はない、とされます。一般的に、アメリカの規制の方が対象が広く、二次的制裁もあるので、アメリカの規制をチェックすれば、EUの規制もほぼ捕捉できると云われます。
ただし、SDIリストへの掲載の有無自体が違っていますので、この点は注意を要します。

7.ロシアの対抗法
 ロシアでは、これらアメリカ合衆国・EUによる一連の経済制裁に対して、2018年5月「対抗措置法」(2018年連邦法127号)を成立させました(以下「対抗法」)。
 この対抗法の成立によって、ロシアにとって非友好国、その市民、その設立された法人、その直接間接の支配下にある法人に対して、輸入・輸出、その他、ロシア大統領が裁量で決定する制裁を課すことができることが規定されました。
しかしながら、その内容はページ数にして3~4ページ程度のボリュームしかなく、対象とされる上記「非友好国・・・」も、ロシアにとって非友好的な行動をとった国、ロシア市民に対して経済的、政治的制裁を課した国等とされますが、その判断は、最終的には、ロシア大統領による広い裁量にゆだねられており、その適用範囲は明確ではありません。
 現時点で、対抗法が発動された例はウクライナに対してだけであり、それ以外の前例は確認されておりません。そのため、今後さらに、アメリカ・EUを差し置いて、日系企業が優先的に適用される可能性も高くないと理解されています。
 ただし、日系企業が制裁の対象にならないとしても、日系企業が、ヨーロッパから部材の調達をしている場合には、調達元が制裁を受けると、部材の調達が止まってしまう、という可能性はあります。
 もう1点、上記と同時期に、刑法の改正法案がロシア国会に提出されました。しかし、刑法改正は、現在も議会で止まったままとなっています。
上記改正刑法では、ロシアに対する経済制裁の導入を促進した者には、ロシア国内で刑事罰を受ける場合があります。これは、仮に立法化されると、外国企業にとっては非常に大きな問題となります。昨今の企業は、当然、ロシア国内のみならず、アメリカでもヨーロッパでも経済活動を展開していますので、アメリカやEUの経済制裁に従う行為をロシア国内で何かをした場合には、会社ではなく、個人として刑事処罰を受けてしまう、というのです。そのようなことでは、外国企業の経済活動を委縮されるのではないか、という反発があって、現在、ロシア議会では審議が止まっています。

8.制裁(対応)条項
 さて、ロシア経済制裁に対する実務的な対応策としては、制裁(対応)条項(”Sanction Clause”)と云われる条項を挿入することがあります。主たる目的としては、例えば、ロシア企業と取引していたが、突然、SSIやSDNに追加されるといった状況が起きた場合には、その会社との取引は続けられなくなるので、契約を解消したり、損害補償を制限ないし免責する条項を設けておくというものです。
 しかし、このSanction Clauseは、当事者や取引形態によって、条項内容をどうするか相当に高度な判断が必要となりますので、できればロシア法務の専門家に相談される等された方が宜しいでしょう。以下、2件の事例をご紹介いたします。

①シーメンス事件1、シーメンス事件2
 シーメンス社のロシア子会社がロステック関連会社と、発電機(タービン)を、ロシア国のタマン半島(Таманский полуостров)の発電所に納入する契約を締結したところ、同半島ではなく、クリミア半島に納入されてしまったため、上記ロシア子会社が、EU経済制裁規定を根拠に上記契約の無効と同発電機の返還を求めた事例で、モスクワ商事裁判所は、ロシア企業(=上記ロシア子会社)自ら欧米の制裁規定により契約条項の無効を主張することは、ロシアの公共の秩序(общественный порядок)やロシア国家の主権(суверенитет)に反するとして、シーメンス社側の主張を退けました。
※上記案件は、EUの経済制裁規定に該当するかどうかまでは判断されておりませんので、ご留意をお願いいたします。

②Ministry of Defense v Zvezdochka, Keleanz Medical v VTC
 アメリカ・EUのメーカーから、ロシアの流通業者をとおして、ロシア国内の買主に製品を販売するという契約で、流通業者が製品を供給しなかったところ、ロシア国内の買主が同流通業者を訴えたという事例で、ロシアの流通業者は、「製造元が経済制裁規定を理由に供給してくれないため、自らも、買主に製品を供給できないという不可抗力である」と反論しました。これに対し、モスクワ商事裁判所は、上記の不可抗力の主張を認めて、買主側の訴えを排除しました。

上記①②の各裁判例から、以下の各点が理解されます。
㋐ロシア企業が、自らが欧米の経済制裁を理由に履行しない場合には、不可抗力の主張を認めない。
㋑他方、ロシア企業が、契約の履行が国外的事情(経済制裁)で契約を履行ができない場合には、不可抗力を認める場合がある。
㋒(上記㋐に関して)契約書に正面から「制裁条項」を盛り込むことは、かえって上記㋐のリスクが発生する。
㋓(上記㋑に関して)ロシア民事法上、不可抗力には予見可能性がないことが要求されるが、そうすると、対ロシア制裁が開始して4~5年が経過した現在においても、予見可能性がなかったと言えるかどうかは別問題。

 大沼先生からのご講演は、以上のとおりとなります。大沼先生におかれましては、モスクワでの法律実務に従事されたご経験から貴重なお話をお聴かせ下さいまして、誠に有り難うございました。つつしんで御礼申し上げます。また、一口に経済制裁といっても、種々の類型があり、高度なリーガル判断が必要になることも多いですので、慎重に判断するためには、欧米の経済制裁とロシア法務の両方に知見のある専門家にご相談されることをご推奨いたします。改めまして、大沼先生、誠に有り難うございました。(文責小川)

※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。

 

2019年5月17日

サンクトペテルブルグLiudmila A. Yablokova 弁護士事務所訪問報告
                    ご報告 弁護士 長友隆典
                      (当協会事務次長)

このたび,SPILF (国際リーガルフォーラム)に参加するためサンクトペテルブルグを訪問することを機会に,2018年4月21日に札幌で開催された日露家族法セミナーにロシア側から出席し発表をして頂いたLiudmila Yablokova 弁護士の事務所を訪問したので以下のとおり報告します。(長友国際法律事務所 弁護士 長友隆典

日 時:2019年5月17日現地時間午前10時
場 所:Liudmila 弁護士法律事務所,St. Petersburg, 3/5 Bolshaya Morskaya Street.
出席者:日本側 小川事務局長,中野弁護士,南純弁護士,長友隆典
ロシア側 Liudmila Yablokova 弁護士,Natalya Shvechkova 弁護士,
Tatiana Slesarskaia 弁護士他1名

訪問所感:
Liudmila 弁護士は家族法分野ではロシアでも名の知れた弁護士で,4月の日露家族法セミナーでも中心的な存在として出席し,非常に役に立つ発表をして頂いた弁護士です。そのため,訪問前はどれだけ大きな事務所なのかと思っていたのですが,実際は比較的こじんまりとした事務所であり拍子抜けした感じもしました。しかしながら,事務所の場所はネフスキー通りとエルミタージュ美術館に挟まれたサンクトペテルブルグの中心に位置しており,伝統的なビルの外見とは異なりセキュリティもしっかりしたビルの中にあり,やはりそれなりの地位を築いた弁護士であろうことは容易に想像がつきました。

《上記写真は、エルミタージュ美術館のすぐ近くにあるオフィス建物内の様子。Liudmila Yablokova 弁護士の法律があります。》

部屋に入ると,Liudmila 弁護士以外に,Liudmila 弁護士事務所のパートナー弁護士であるNatalia Shvechkova 弁護士他1名の二人の弁護士も同席されていました。その後しばらくして,Liudmila 弁護士と一緒に札幌の日露家族法セミナーに参加していたTatianaSlesarskaia 弁護士も来ていただき,ロシア側は合計4名で対応をして頂きました。美味しいお茶ととても甘いロシアらしいお菓子を頂きながら,和気あいあいとした雰囲気の中で,主として取り扱い分野やロシアにおける紛争の解決方法,事務所の運営等についてお話をして頂きました。

《Liudmila Yablokova 弁護士の執務室の様子。ご訪問させて頂き、誠に有り難うございます。》

Liudmila 弁護士の事務所は家族法に特化していて,離婚問題に限らず,面会交流や養育費請求などについても積極的に取り扱っているということでした。特に,ロシアでは離婚も多いことから面会交流の申立ても多いという事でした。

また昨今では国際結婚が増えてきていることから,ハーグ条約に基づく国を跨った子の引渡しや面会交流の申立ての事件を扱うことが増えてきたということも聞きました。

《Liudmila Yablokova 弁護士は国際離婚や親権等の家族法を多く取り扱っている方です。写真は、Liudmila Yablokova 弁護士の法律事務所で、皆さま全員での記念撮影》

同席していたTatiana 弁護士も海外からの子の引き渡し請求のためにドイツに行っていたと言っていました。

このように,Liudmila 弁護士事務所では,家族法に関する問題を国内外問わず扱っており,特にLiudmila 弁護士自身がハーグ条約に基づく子の引渡等ではロシアでも第一人者として活躍されていることがわかりました。
今のところ日露法律家協会では,もっぱらロシアでの大手法律事務所との交流や大企業を相手にした仲裁などがクローズアップされがちですが,日露間も国際結婚が多いことは言うまでもなく,したがって日露間においてもハーグ条約に基づく家族法の問題も今後も必ず顕在化してくると思われるところ,Liudmila 弁護士などの家族法専門の弁護士とも交流を深めていくことは必ず有益であると考えます。

《日本からのお土産品として京都の団扇を贈呈させて頂きました。》

最後に余談ですが,Liudmila 弁護士の事務所は書類も多くなく小ぎれいにまとまっていましたので,私の方から書籍や記録はどこにあるのか尋ねましたところ,実は別の倉庫に保管してあってとても見せられたものではないとおっしゃっており,少し安心しました。(文責:弁護士 長友隆典)

                            以  上

 

2019年5月7日

第12回ロシア法研究会が開催されました。

今回のロシア法研究会のテーマは「ロシア連邦中央銀行概論」になります。講師は、サンクトペテルブルグ国立大学大学院(LL.M)を卒業され、モスクワの法律事務所で金融業務その他に従事された南純先生(弁護士法人中央総合法律事務所)をお迎えいたしました。南純先生から、以下のとおりご講義をいただきましたので、ご報告申し上げます。

1.ロシア連邦中央銀行の意義・役割等
 ロシア連邦中央銀行(Центральный банк Российской Федерации、以下「ロシア中央銀行」といいます。)は、日本でいうところの日本銀行に相当します。現在のロシア憲法75条は、ルーブル価の安定を第一の責務とする独立機関であると定めており、ルーブル紙幣・硬貨の発行権限を唯一有する機関になります。
しかしながら、ロシア中央銀行は、日本銀行に比べると相当に幅広い権限をもっており、単に通貨(ルーブル)発行権だけではなく、金融、証券、保険業務の全般を統括・監督し、日本国でいうと金融庁のような許認可権限を保有している機関になります。
 そのため、ロシア国で活動する銀行、保険会社等は、常に、ロシア中央銀行のことを意識しており、円滑な業務運営のために同銀行と適正且つ密接にかかわることが重要になります。この点、ロシア国に進出する日本の大手メガバンクや損害保険会社なども、常にロシア中央銀行を意識して活動するのが実務となっております。
 なお、1点だけですが、保険業務だけは、財務省の外郭団体である保険監督局が許認可権限を有しております。

 以下、ロシア中央銀行のウェブサイト(https://www.cbr.ru/today/)からの抜粋になります。

Статьей 75 Конституции Российской Федерации установлен особый конституционно-правовой статус Центрального банка Российской Федерации, определено его исключительное право на осуществление денежной эмиссии (часть 1) и в качестве основной функции — защита и обеспечение устойчивости рубля (часть 2). Статус, цели деятельности, функции и полномочия Банка России определяются также Федеральным законом 10 июля 2002 года № 86-ФЗ «О Центральном банке Российской Федерации (Банке России)» и другими федеральными законами.
В соответствии со статьей 3 Федерального закона «О Центральном банке Российской Федерации (Банке России)» целями деятельности Банка России являются: защита и обеспечение устойчивости рубля; развитие и укрепление банковской системы Российской Федерации; обеспечение стабильности и развитие национальной платежной системы; развитие финансового рынка Российской Федерации; обеспечение стабильности финансового рынка Российской Федерации.
Свидетельство о внесении записи в Единый государственный реестр юридических лиц в отношении Банка России
Свидетельство о постановке Банка России на учет в налоговом органе по месту нахождения на территории Российской Федерации
Согласно статье 34.1 Федерального закона «О Центральном банке Российской Федерации (Банке России)» основной целью денежно-кредитной политики Банка России является защита и обеспечение устойчивости рубля посредством поддержания ценовой стабильности. Устойчивость национальной валюты означает не фиксированный курс по отношению к другим валютам, а сохранение покупательной способности денег за счет стабильно низкой инфляции. В условиях низкой инфляции объем товаров и услуг, которые можно приобрести на одну и ту же сумму в рублях, существенно не изменяется в течение долгого времени. Это поддерживает уверенность населения и бизнеса в национальной валюте и формирует благоприятные условия для роста российской экономики.

2.ロシア中央銀行の歴史
 帝政ロシア時代には、アレクサンドル2世の命令で、民間銀行を所轄する財務省の機関としてロシア帝国国立銀行が設立されました。その後、ロシア革命により人民銀行になりましたが、内線の後にボリシェビキが勝利して(1921年)ソビエト連邦国立銀行が設立されました。
 ペレストロイカの後、ソビエト連邦が崩壊してロシア連邦になった後、現在のロシア中央銀行が設立されました。
 そして、金融機関を一つの機関が統合的に管理すべきとする世界的な潮流の中、一つ機関で管理した方が効率的・経済的であるとの考えから、2013年に「連邦金融市場庁」の機能がロシア中央銀行に移管されて、現在のロシア中央銀行となりました。

3.組織構成
 ロシア中央銀行の意思決定機関としては国家金融会議があります。ロシア銀行の総裁が最高執行機関と位置づけられ、それ補佐するのが、理事会になります。現在の総裁は、Набиуллина Эльвира Сахипзадовна氏、これに加えて理事が14名で構成されています。理事は、総裁の推薦を得てロシア下院議会で任命され、大統領が承認することになっています。

 理事会は各種政策を提案しますが、その構成は、国会議員や大統領が指名した人物が理事として選任されます(現在14名)。4半期に一度、開催されています。
 現在の総裁Набиуллина Эльвира Сахипзадовна氏が就任しており、政府に対して金融市場の基本方針・指針を提案、金融市場の発展政策の基本政策を提出、その他、ロシア経済市場も中央銀行独自に出しています。この点、ロシア政府の経済発展省が出しているものと異なったりもします。

 法律上は、ロシア銀行総裁は「唯一の執行機関」と規定され、責任能力もすべての責任はロシア中央銀行総裁が負うと書いてありますが、学者の見解としては中央銀行総裁の権威ないし強さを示したに過ぎないとの理解が一般的です。
総裁と理事会との関係はあまり明文がないため、毎回、総裁が変わると、人によって動き方も変わり、個人の裁量が大きいと言われます。

 なお、ロシア中央銀行は裁判主体にもなりますし、自ら訴訟を起こすこともあります。代理人になるのは、内部のインハウス・ロイヤーですが、日本のような庶務検事ではありません。この点、民間団体なのか、政府機関なのか、又、独立の意味をどう解釈するのか、という議論があります。

 ロシア中央銀行の各地方局、補助局には、6万9000人いるとされます。ソ連時代に当時の民間銀行を、すべて国営化しましが、それが、現在も残っていると言われます。

4.名称等
 読み方はたくさんありますが、ロシア連邦中央銀行(Центральный банк Российской Федерации)が正式名称となっております(憲法上、ホームページ)。英字表記ではCBRと記載されます。
 別名として「ロシア銀行」(банк России)がありますが(法律上、紙幣上等)、俗称としてセントラルバンク(Центробанк)なども口語や、新聞等で使用されたりします。
 また、バンク・ラッシーヤという民間銀行がありますが、こちらは別物で、一般の民間銀行となります。
 なお、日本のメガバンクに関しては、みずほ銀行が77位(700億ルーブル)、三菱UFJ銀行が83位で650億ルーブル、三井住友銀行が640億ルーブルで84位、最近SBIが80億ルーブルで210位となっています。〔banki.ru の2019年3月の総資産ランキングより〕
 日本の銀行とは異なり、ロシアの民間銀行は、倒産することも少なくないので、これらのランキングは非常に重要となっております。

5.法的地位
 株式の保有・売却は可能となっております。預金残高第1位のツベル銀行の過半数の株式を保有していますので、ツベル銀行は実質的に国営銀行ともいえます。
 ロシア銀行は利益を上げることを禁止されていませんが、利益の50%以下は連邦予算に編入されるとされています。
 ロシア中央銀行も日本でいう商人に該当しますが、判例はなく、学術的にも通説としては、利益を挙げることは禁止されないが、営利団体ではないとされます。

 憲法上、独立性が保証されていますが、他方で、ロシア中央銀行の資産は連邦政府に帰属するとされます。
 例えば、ロシア中央銀行が車をたくさん持っていますが、車の所有者が国に支払うべき徴収金を政府機関の公用車だから払う必要はないと訴訟を起こしたところ、中銀が敗訴しました(モスクワ管区連邦商事裁判所2013年8月21日判決)。車自体が政府目的に関連して使用されたとはいなかった、という具体的な事実に着目したものです。今後も、裁判所は具体的な側面に着目して、判断していくものと思料されます。

6.実務的問題
 実務的な問題として、ロシア中央銀国の職員に対する金銭の授受は賄賂にあたるのか、という点があります。公務員の収賄を取り締まる、刑法上の罪は、法的に民間企業であれば、適用外となりますが、明確な学説、判例はまだありません。
 なお、ロシア中央銀行の中で理事に該当するクラスの職員は、理事や取締役などの特別背任罪に相当する規定する罪に該当する可能性がでてきます。
宿泊・交通費(ロシアから、ちょっと日本に来てもらって、銀行の話をする等)は、理事にあたる人は刑法上の罪になる可能性ありますし、観光についても、催事の範囲であればよいが、例えば、さらに京都に行きましょう、日本の良いところを案内します、というのは金銭の接受にあたる可能性があります。
 交際費という観点では、贈呈品とか食事代などは、事案に応じて合理的範囲かどうかを判断する他ないが、1つの原則としては、企業間の贈与が3000ルーブルを超えるものが無効とされていますので(民法575条)、これが一つの目安となるでしょう。

7.まとめ
• ロシア連邦中央銀行は、日本銀行とは違い、金融行政に関して広汎な権限が与えられている。
• 最高意思決定機関は、監督機能も担う国家金融会議であるが、業務の大部分は、理事会及び下部機関により行われている。
• ロシア銀行総裁は、唯一の執行機関である。
• ロシア銀行は、政府機関と民間銀行の中間的存在であり、利益はだせるが営利団体ではない。

以上のとおり南純先生からご講義いただきました。南先生におかれましては、モスクワでの法律実務に従事されたご経験から貴重なお話をお聴かせ下さいまして、誠に有り難うございました。つつしんで御礼申し上げます。(文責小川)

※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。

 

2019年5月15日

第4回カウンシル・ミーティングが開催されました。

2019年5月14日に、第9回サンクトペテルブルク・国際リーガルフォーラムが開催されました。開会レセプションの様子は、2019年5月14日②の記事『第9回サンクトペテルブルク・国際リーガルフォーラムに参加して来ました。』をご参照頂けますと幸いです。

私共、日露法律家協会(Российско-Японский Совет Юристов)は、サンクトペテルブルク・国際リーガルフォーラムの後援を得て、ロシア連邦司法大臣アレクサンドル・コノヴァロフ様のお立会いの下、ロシア側のエレーナ・ボリセンコ様、日本側の川村明弁護士が共同署名することにより、創立されました。その際に開催されましたのが、協会の第1回カウンシル・ミーティングになります。

《第1回カウンシル・ミーティングの様子ーアレクサンドル・コノヴァロフ司法大臣(手前左2人目)、川村明弁護士(奥左から2人目)》

日露法律家協会(Российско-Японский Совет Юристов)は、ロシアのサンクトペテルブルクに本拠地を有し、日露双方の法律家が協力する一つの団体であることに特徴があります。
 具体的な活動目的としては、(1)日露法律家どうしの持続的な情報交換、(2)日本国とロシア国の双方の法制度の研究・研鑽、(3)両国間の裁判外紛争解決方式(国際仲裁、国際調停等)の開発・促進、(4)両国法律家による共同セミナー・研修・会議等のイベント開催、(5)学生、弁護士、他の法曹関係者の教育プログラムの促進等がありまして、これら実現のため定期的にカウンシル・ミーティングを開催し、お互いの活動や進捗の状況について話し合っております。

2019年度の第4回カウンシル・ミーティングも、同年5月に開催された第9回サンクトペテルブルク・国際リーガルフォーラムにおいて、アレクサンドル・コノヴァロフ司法大臣をお迎えして、以下のとおり、日露法律家が参加して開催されました。

1.日本側出席者〔以下、敬称略〕
 川村明(日本側共同議長、世界法曹協会元会長、日本仲裁人協会理事長、アンダーソン毛利友常法律事務所)
 小川晶露(日本側事務局長、日弁連ロシア交流チーム長、あきつゆ国際特許法律事務所)
 中野由紀子(日本側事務次長、元外務省ロシア担当、半蔵門法律事務所)
 長友隆典(日本側事務次長、元農林水産省サンクトペテルブルク駐在、長友国際法律事務所)
 南純(日本側事務局、中央総合法律事務所)
 宍戸一樹(瓜生糸賀法律事務所、モスクワ支所責任者)
 大沼真(長島大野常松法律事務所)
 三浦康晴(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業(日本))
 新島由未子(山田法律事務所)
 佐藤史人(ロシア法研究者、名古屋大学大学院教授)

【ご来賓】
 飯島泰雅様(在サンクトペテルブルグ日本国総領事)

2.ロシア側出席者〔以下、敬称略〕
 エレーナ・ボリセンコ(ロシア側共同議長、ロシア連邦元副大臣、ガスプロム銀行副会長、サンクトペテルブルク国際リーガルフォーラム理事会会長)
 アントン・アレクサンドロフ(MZS&Partners、パートナー弁護士)
 マクシム・アレクセーエフ(ALRUD法律事務所、シニアパートナー弁護士)
 アンドレイ・ゴーレンコ(ロシア仲裁協会代表)
 アレクサンドル・エルメンコ(FBK Grant Thornton法律部門部長、パートナー弁護士)
 エヴゲニィ・ラシェフスキー(Egorov Puginsky Afanasiev and Partners法律事務所、国際仲裁訴訟部門長)
 セルゲイ・ベローフ(サンクトペテルブルク国立大学法学部学長)

【ご来賓】
 アレクサンドル・コノヴァロフ様(ロシア連邦司法大臣)

《カウンシル・ミーティング開始前にご挨拶される来賓の飯島泰雅在サンクトペテルブルク総領事さま(左から2人目)と皆さまにご紹介される川村明共同議長(中央)》

第4回カウンシル・ミーティングは、冒頭から、川村明(日本側)共同議長とエレーナ・ボリセンコ(ロシア側)共同議長のそれぞれが挨拶して始められました。川村議長からは第9回目のリーガル・フォーラム開催を祝福し、ボリセンコ議長からは川村議長の協力に対する感謝と、本年度はリーガル・フォーラムでお目にかかれて光栄である旨のお言葉がありました。
※僭越ながら、会議全体の司会進行は小川晶露事務局長にて務めさせて頂きました。

《会議全体の様子と川村明(日本側)共同議長からの冒頭のご挨拶》
《川村明議長の挨拶につづき、エレーナ・ボリセンコ議長からご挨拶がありました》

 その後、アンドレイ・ゴーレンコ・ロシア仲裁協会代表からご挨拶があった後、1つ目の議題である大学間交流について、佐藤史人教授(名古屋大学大学院)とセルゲイ・ベローフ教授(サンクトペテルブルク国立大学法学部学長)との間で進捗報告と今後の課題についての発表がありました。
 昨年の第3回カウンシル・ミーティング以降、徐々に日本の大学がサンクトペテルブルク国立大学で講義に来訪する等しているが、今後、継続性や財政的基盤をどのように確保するのかについて課題を共有しました。

《ロシア仲裁協会代表のアンドレイ・ゴーレンコ氏(中央)からのご挨拶》
《大学間の人的交流についての実績と今後の展望について発表される佐藤史人教授:奥左から2人目》
《サンクトペテルブルク国立大学法学部学長のベローフ教授からのご発表》

 引き続き、次の議題である日露法律事務所間における若手弁護士の人的交流について話し合われました。
 日本人の若手弁護士としてロシア側メンバーのALRUD法律事務所(モスクワ)に、1年間、研修を行った大沼真弁護士から、ロシア法律事務所における研修の意義と成果について発表があり、これに対して、受入側であるALRUD法律事務所のシニアパートナーであるマキシム・アレクセイエフ弁護士から、ロシア側として研修を受け入れることの意義等について報告がありました。

《ロシア法律事務所で1年間研修を行った大沼真弁護士》
《受入側であるロシアのALRUD法律事務所シニアパートナーのマキシム・アレクセイエフ弁護士からの報告》

 そのような中、アレクサンドル・コノヴァロフ・ロシア連邦司法大臣がご来臨されました。コノヴァロフ司法大臣におかれましては、フォーラム中の大変ご多忙の折、当協会のカウンシル・ミーティングのためお運び下さいまして、誠に有り難うございます。協会一同、つつしんで御礼申し上げます。
 コノヴァロフ司法大臣は日露の協力に深い感謝の意を述べられた後、約40分ほどミーティングにご臨席くださいまして、最後は皆様で記念品を交換して、次の公務に赴かれました。

 

《アレクサンドル・コノヴァロフ司法大臣のご到着と皆さまの様子》
《約40分間にわたりお話を交わされるコノヴァロフ司法大臣(奥右側)、ボリセンコ・フォーラム理事長・ロシア側共同議長(奥左側)と川村明日本側共同議長(手前右側)》
《贈呈品の交換と皆さまの拍手の様子》

コノヴァロフ司法大臣とボリセンコ(ロシア側)共同議長には、田島硝子さまの富士山祝杯(青富士・赤富士)をお贈りさせて頂きました。

《ボリセンコ元司法副大臣・フォーラム理事長にもお贈りさせて頂きました。》
《つづいてコノヴァロフ司法大臣から、川村議長と日本側参加者に対して、ロシア伝統菓子(пряник)が全員分贈られました。 このお菓子は、モスクワの南にあるトゥーラ市の名産品です。》
《いったん休憩中の皆様の様子。写真右側は今回初参加の新島由未子弁護士》

 今回のカウンシル・ミーティングでは、日本側参加者が多くの発表を準備して臨みました。コノヴァロフ司法大臣がご退席された後も、皆さまが多くの意義あるご報告とご発表をして下さいました。
 日本側の参加者の皆様におかれましては、普段から実務でお忙しい中、大変入念にプレゼンテーション資料をご準備くださいまして、誠に有り難うございました。つつしんで御礼申し上げます。

まず、宍戸一樹弁護士が、日本の法律事務所として初めてモスクワに支所を設置したこと、そして、日露の若手弁護士の人的交流の一環として、東京のご自身の法律事務所にて若手ロシア弁護士をインターンシップとして受け入れる準備があること等をご発表されました。

《日本の法律事務所として初めてモスクワに支所を開設したこと、そして今後の展望について発表をされる宍戸一樹弁護士》
《熱心に聴き入る参加者の皆様》

つづいて、長友隆典事務次長(弁護士)から、ロシア極東地方に隣接する地方都市北海道弁護士会の立場から、サハリン交流を中心とした日露交流の意義と将来性についてご発表があり、また、北海道に限らず、地方都市の日露交流の重要性についても報告されました。ロシア側参加者からも、質問や意見が出されて有意義な意見交換となりました。

《地方都市の日露交流の重要性について発表される長友隆典事務次長(中央)》
《なぜ、日本企業はロシア投資に委縮するのかご自身の経験から知見を提供する大沼真弁護士(右から2人目)》

 そして、最後は、当協会の若手会員である南純弁護士と大沼真弁護士により、『現状において、なぜ、日本企業はロシア投資を委縮するのか?』という非常に興味深いテーマにて、お二人の対話形式で発表されました。
 大沼真弁護士も南純弁護士も、最近まで1年間にわたり、モスクワの法律事務所でロシア法務に従事していました。お二人とも、若手弁護士の立場から、その時の経験と知見をもとに、非常に興味深い発表をして下さいました。

《大沼真弁護士と対話形式で、上記テーマについて1年間ロシア法務に従事した経験を語る南純弁護士(中央)》

以上をもちまして、日露法律家協会(Российско-Японский Совет Юристов)第4回カウンシル・ミーティングも終了いたしました。改めまして、普段、日本での実務で大変ご多忙の中、本ミーティングのために、それぞれご発表を準備して下さいました佐藤史人教授、宍戸一樹弁護士、長友隆典弁護士、大沼真弁護士、南純弁護士におかれましては、誠に有り難うございました。協会一同、心より御礼申し上げます。

また、本年度も、本ミーティングの準備・設営のため、中野由紀子、長友隆典の両事務次長におかれましては、今回も、流暢なロシア語・英語を駆使して、あらゆる路地廻りを大変力強く助けて頂きました。この場をお借りして、つつしんで御礼申し上げます。

 そして、何よりも、本年度、当協会の日本側メンバーは、川村明議長の参加を得ることができました。
 川村明先生におかれましては、リーガル・アワード受賞者選考委員会に出席するため、私共より1週間も前にサンクトペテルブルクに入って候補論文を読み抜き、その後も、開会レセプション、プレナリーセッションのスピーカー、そして、本カウンシル・ミーティングにご出席くださる等、大変なご活躍とご負担であったと拝察します。本当に有り難うございました。そして、誠にお疲れ様でございました。(文責小川)