2017年11月10日

第3回ロシア法研究会が開催されました。

第3回の研究会は、名古屋大学大学院法学研究科の佐藤史人教授(ロシア法)をお招きして、ロシア連邦の裁判制度(Судебная Система Российской Федерации)をテーマに行われました。

 

1.ロシア連邦憲法(Конституция Российской Федерации)

【ロシア連邦憲法】
Статья 5
1. Российская Федерация состоит из республик, краев, областей, городов федерального значения, автономной области, автономных округов — равноправных субъектов Российской Федерации.
第5条
ロシア連邦は、共和国・地方・州・連邦重要都市・自治州・自治管区から構成され、ロシア連邦構成主体として平等の権限を有する。

Статья 66
1. Статус республики определяется Конституцией Российской Федерации и конституцией республики.
2. Статус края, области, города федерального значения, автономной области, автономного округа определяется Конституцией Российской Федерации и уставом края, области, города федерального значения, автономной области, автономного округа, принимаемым законодательным (представительным) органом соответствующего субъекта Российской Федерации.
第66条
1.共和国の地位は、ロシア連邦憲法と共和国憲法によって決定される。
2.地方・州・連邦重要都市・自治州・自治管区の地位は、ロシア連邦憲法と地方・州・連邦重要都市・自治州・自治管区の憲章によって定めらなければならず、これらは、当該連邦構成主体の立法者(代表者)により採用されなければならない。

 

2.連邦構成主体(Субъект Федерации)と管轄権限(ведение)

 ロシア連邦は、上記の第5条、第66条、その他条項に基づき、現在、連邦構成主体(Субъект Федерации)を合計85カ所設置しており、その内訳は、州(Область)が46、地方(край)が9、都市(город)が3、共和国(Республика)が22、自治州(Автономная область)が1、自治管区(Автономный округ)が4、となっています。
※以上は、いわゆるクリミア併合後のロシア国の主張を含みます。

 その上で、ロシア連邦憲法は、中央政府と地方政府の管轄権限の関係について、下記のように連邦管轄事項(第71条)と共同管轄事項(第72条)を規定しています。前者は連邦法令が専属的に適用されるのに対し、後者は、連邦及び連邦構成主体が共同の管轄権限を有することを定めますが、両者が抵触した場合は、連邦法令が優先されることになります。

Статья 71
В ведении Российской Федерации находятся:
а) принятие и изменение Конституции Российской Федерации и федеральных законов, контроль за их соблюдением;
б) федеративное устройство и территория Российской Федерации;
(中略)
о) судоустройство; прокуратура; уголовное и уголовно-исполнительное законодательство; амнистия и помилование; гражданское законодательство; процессуальное законодательство; правовое регулирование интеллектуальной собственности;
第71条
ロシア連邦の管轄には、以下の事項が属する。
a) ロシア連邦憲法および連邦法の制定・改正、その遵守の監督。
б)  ロシア連邦の連邦構造および領土。
(中略)
o) 裁判制度、検察制度、刑事法および行刑法、大赦および特赦、民事法、知的財産の法的規制

Статья 72
1. В совместном ведении Российской Федерации и субъектов Российской Федерации находятся:
(中略)
к) административное, административно-процессуальное, трудовое, семейное, жилищное, земельное, водное, лесное законодательство, законодательство о недрах, об охране окружающей среды;
л) кадры судебных и правоохранительных органов; адвокатура, нотариат;
第72条
1.ロシア連邦とロシア連邦構成主体の共同管轄には、以下の事項が属する。
(中略)

k) 行政法、行政訴訟法、労働法、家族法、住宅法、土地法、水法、森林法、天然資源法、環境保護法
л)  裁判機関および法秩序維持機関の人事、弁護士制度、公証人制度

 

3.連邦構成主体の裁判制度(Суд Субъекта Российской Федерации)

 さて、中央政府であるロシア連邦は、前記の連邦管轄事項(第71条o))に基づき、ロシア連邦と各連邦構成主体の裁判制度を定めています。

 現在、1つの連邦構成主体には、基本的に1つ以上の連邦構成主体裁判所(Суд Субъекта Российской Федерации)を設置することを原則としていますが、ロシア国の裁判構成は日本国(地方裁判所⇒高等裁判所⇒最高裁判所)のようにシンプルではありません。例えば、同一の裁判所が、案件の種類によって第1審裁判を管轄したり、あるいは、控訴審や破棄審を管轄することが制度上予定されています。これを州裁判所で言えば、一般的に、①商事裁判所(Арбитражный Суд)と②通常裁判所(Суд Общей Юрисдикции)が設置され、①前者では商事事件の第1審の審級を管轄するのに対し、②後者の通常の民事・刑事事件では第2審(控訴審)と第3審(第1破棄審)の両方の審級を管轄することが多くなっています。

※ロシア連邦法における「Арбитражный」の原語の翻訳には議論がありますが、本ウェブサイトでは、「仲裁」ではなく「商事」と和訳することとしました。

 また、ロシア連邦では、2014年8月に商事手続法を大改正し、従来、上記①の商事裁判の最高司法機関であった最高経済裁判所(Высший Арбитражный Суд Российской Федерации)を廃止し、上記②の最高裁判所(Верховный Суд Российской Федерации)にすべて統合その他の改正を行いました。加えて、現在、民事手続法の改正や裁判官の独立についても活発に改正が議論される状況にあります。

 その他、ロシア連邦には、治安判事(Мировой Судья)という制度や、近時の改正で導入された知的財産権(Интеллектуальные Права)を専属的に取り扱う裁判所幹部会(Президиум Суда)もあって、相応に複雑な構成となっています。以下、まずは、商事裁判(上記①)について検討してみましょう。

 

4.商事裁判(Арбитражный Суд)について

 商事裁判所は、民事・行政事件のうち、経済紛争および企業活動・経済活動に関する事件を審理します。会社間どうしの紛争や、個人であっても個人事業者として登記されている者もこれに含まれます。

①連邦構成主体の裁判所(第1審)
 商事事件は、一般的に、各連邦構成主体の裁判所(州裁判所、地方裁判所、市裁判所等)を第1審の審級裁判所として審理を開始します。例えば、モスクワ市であれば、モスクワ都市裁判所を第1審裁判所として訴状を提出することになります。第1審裁判は、訴状が受理された後、3か月以内に審理されて判決されなければなりません(但し、裁判所所長の裁量により、もう3か月延長することができる)。第1審判決は判決日から1か月経過後に効力が発生します。

②商事控訴審裁判所(控訴審=Апелляционная Инстамнция)
 第1審判決に不服がある場合には、商事控訴審裁判所に控訴することになり、ロシア全国に21設置されています。第1審判決日から1か月以内に控訴しなければならず、控訴から2か月以内に審理され判決されなければならないとされます(但し、裁判所所長の裁量により、もう4か月延長することができる)。第1審とは異なり、控訴審判決は判決日に効力が発生します。1点、気を付けなければならないのは、控訴審裁判所は、第1審の事後審であるとされているため、控訴審で証拠を追加提出することは原則として認められません。したがって、第1審の段階で、必要となり得る証拠は予めすべて提出しておくことが推奨さます。

③管区商事裁判所(第1破棄審=Кассационная Инстамнция, Первая)
 商事事件の控訴審判決に不服がある場合には、さらに、同判決発行日から2か月以内に、各管区を管轄する管区商事裁判所を破棄審として上訴することになります。現在、この破棄審は、ロシア全国で10カ所設置されています。
 管区商事裁判所では、下級審による事実認定は争えず(だからこそ、「破棄審」と云われる所以もありますが)、下級審の認定した事実を前提として、法令の解釈適用が正しいかどうかが判断されます。上訴受理から2か月以内に審理して判決しなければならないことになっています(但し、裁判所所長の裁量により、もう4か月延長することができる)。

④最高裁判所裁判協議部(第2破棄審=Кассационная Инстамнция, Вторая)
 管区商事裁判所判決に不服がある場合には、さらに、最高裁判所に上訴することができます。具体的には最高裁裁判所協議部(Судебная Коллегия)で審理される。この第2破棄審とも云われる制度は、2014年8月の大改正で導入されたものであり、その主たる目的は、最高裁判所の負担(ないし、従前の最高経済裁判所で経験した負担)の軽減にあるとされます。
 第2破棄審で審理されるのは、「実態法・手続法の重大な法令違反」(Существенные Нарушение Судами Норм Материального и Процессуального Права)がある場合に限られるため、実務上は、第2破棄審で受理されるのは2%以下の模様です。

⑤最高裁判所幹部会(監督審=Надзорная Инстамнция)
 さらに、最高裁判所裁判協議会の判決に不服がある場合には、3か月以内に、最高裁判所幹部会(Президиум)を最終審として上訴できます。しかし、同幹部会で審理されるのは、「憲法の保障する権利・自由への侵害」「公の利益の侵害」等の極めて限定された事由に限られるため、実際上、審理される件数は年間でも僅か1桁に過ぎないとされます。
 以上からして、実務上は、第2破棄審(最高裁判所裁判協議体)と監督審(同幹部会)における各審理は、結論が変わることを期待することはほぼ期待できないでしょう。

⑥その他
 以上のほか、知的財産権に関する紛争は、当事者が法人・個人事業者であるか否かを問わず、連邦構成主体の裁判所の中にある知的財産裁判所を第1審として審理判決されます。知的財産権に関する第1審判決に対しては、通常の商事事件のような商事控訴審裁判所が存在せず、不服申立は、各管区商事裁判所内にある知的財産権幹部会に上訴することになります。その後の第2破棄審、監督審は通常の商事裁判と同様になります。
 また、消費者倒産事件・労働事件も、当事者が一個人であっても、商事裁判手続で審理される点に留意する必要があります。

 

5.検討と課題

 以上の商事裁判手続と審級制度に関しては、研究会参加者の間で、次のようなディスカッションが交わされました

ⓐ各審級の審理期間が極めて短く、しかも、実質的に第1審で証拠関係の提出が完結されるなら、実務を取り扱う代理人としては、極めて、迅速かつ切迫した訴訟スケジュールへの対応を余儀なくされるのではないか。

ⓑ外国企業からすると、訳文の作成や外国言語による打ち合わせ、本国決済等を行う負担が、相当に大きなボリュームになることが予測される。原告側ならともかく、被告側に立たされた場合、このマネジメントは容易ではなかろう。

ⓒ仮に商事裁判制度を利用するとしても、管轄が大都市以外の州、地方等にある場合には、所属裁判所裁判官がどの程度、当該地域の政治的・権威的影響から独立しているかいう点も、課題となりそうである。

ⓓ上記の審級構造からすると、実質上は、第2破棄審(最高裁経済協議部)と監督審(同幹部会)はカウントできないので、管区商事裁判所が事実上の最終審と理解して実務対応すべきであろう。

ⓔ現在、契約書上の裁判管轄の合意は外国企業に限って認めれる方向が示されているが、それがどの程度の法的効力を有するかは、今後の経験値の確保が必要となる。

ⓕ判決書も、主文のみで、理由らしい理由も記載されない場合が少なくない。迅速な審理・判決という点は評価できるが、判決理由が十分記載されない場合、上級審での主張・立証には困難が伴う。

ⓖ以上からすると、モスクワ等の大都市において、予め入念に証拠関係を準備して臨むならともかく、そうでない場合には、外国企業(=日本企業を含む)の場合は、裁判の他、商事仲裁の可能性も同時に追求できる体制も視野に入れた方が総合的には良かろう
(文責:小川)

 

※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。

 

 

 

 

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