2020年1月20日②

2020年1月20日①(後半)

第16回ロシア法研究会が開催されました。

 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(Japan Oil, Gas and Metals National Corporation)(以下「JOGMEC」といいます。)調査部/ロシアグループ担当調査役の原田大輔様を講師としてお招きし、『石油ガス大国・ロシアの実情~石油ガス産業の動静と大国が内包する課題』とのテーマでご講演いただきました。

 前回(2020年1月20日①)に引き続き、今回は、その後半ということで、ご報告申し上げます。

3.ロシアが抱える課題③:供給ルートの多様化による市場確保

 欧州と中国の両市場の獲得を目指すべく、ロシアも奮闘しています。19世紀、中央アジア・アフガニスタンの覇権を巡るイギリスとロシアの敵対関係・戦略的抗争・情報戦と両者の攻防をチェス盤上のゲームに喩え「グレートゲーム」と表現しましたが、21世紀ではロシア・中央アジア資源をめぐり、供給サイドの欧州・中国市場争奪戦(ロシア対中央アジア)と需要サイド(欧州・中国)の供給ソースへの進出およびロシア迂回ルートの構築、対してロシアによるそれら迂回ルートの阻止という重層的な「21世紀のグレートゲーム」が進行しているといえるのではないかと思います。そのゲームの中では、ロシアは様々なパイプライン計画を進めようとしていますが、そのことは反対から見れば、既に中央アジア資源の欧州・中国への供給ルートが出来上がっている状況を後追いする形で追いかけようとしているとも言えます。これからも、ロシア・中央アジアが争奪戦を繰り広げる欧州・中国市場では、ロシアには、欧州では縮小する市場の中でのシェア争いのせめぎ合いが、中央アジアでは中国が支配するロシア迂回ルートを追いかけ、自国産ガス、LNG輸入も加速する中国では、熾烈な価格競争がロシアを待ち構えていることが予想されます。(図11/筆者作成)

図11 ロシアが進める供給ルート多様化による市場確保(21世紀のグレートゲーム)

4.ロシアが抱える課題③:石油産業をターゲットとする欧米の対露制裁

 2014年3月に始まった欧米制裁は、同年7月に発生したマレーシア航空機撃墜事件が発生し、その対象がロシアの石油産業へ拡大し強化されました。具体的には石油開発技術に関する製品等に対して、実質的な禁輸措置が採られることになり、さらに9月には役務にも拡張されています。

 欧米による制裁が足並みを揃えていたのはここまででした。それは、12月には米国がさらに制裁を強化するために「ウクライナ自由支援法」を発動する一方、欧州は既存制裁の延長に留まり、その後は、米国がロシアに対する追加制裁を継続的に強化し続けているという現状にも表れています。昨年12月もロシアとドイツとの間で建設されている天然ガスパイプライン・ノルドストリーム2に対しても、「国防授権法」という軍事予算執行のために毎年必ず必要な法案に紛れ込ませる形で、追加制裁を行っています。この背景には、シェール革命によって、天然ガスをLNGで輸出できる立場となった米国が自国のシェールガスを欧州に売りたいという実利的な目的があるとも云われております。

 5.制裁に対するロシアの状況

 欧米制裁によってロシアが本当に困っているかというと、必ずしも困っているばかりではなく、例えば、ロシア上流産業の製品・役務輸入依存度でいいますと、2014年時点では全体の53%の製品が外国からの調達に依存していたところ、これが2019年には45%に下がってきております。

 もともと、ロシアも世界で最も古い石油資源開発の歴史と技術の蓄積があり、自分達でも原子力も作り、宇宙にロケットを飛ばしてしまう国です。今までは、原油価格の恩恵を受けて、資源開発技術を欧米から大枚を叩いて調達してきましたが、欧米の制裁を契機として、徐々に外資に頼らず自分達で資源開発を行うために技術開発を行うようになってきています。欧米制裁が贅肉を落とし、ロシアの石油産業の体力を強靭化すう格好のスパーリング期間を与えているとも言えるかもしれません。(図12/産業貿易省、RBKDaily紙(2014年10月17日付)及び経済発展省資料より)

図12 制裁後、改善するロシア上流産業の製品・役務輸入依存

 6.制裁解除の可能性について

 この欧米制裁はいつまで続くのでしょうか? 欧米が制裁を解除する条件はクリミア併合問題の解消とウクライナ東部地域の紛争鎮静化の実現になります。特に後者について、ロシア、フランス、ドイツ、ウクライナが2015年2月に合意した「ミンスク合意Ⅱ」が当面の鍵を握る取り決めです。この中でポイントとなるのは、紛争の中心にあるルガンスク州(ルハーンシク州)とドネツク州(ドネツィク州)に対してウクライナ政府が自治権を与えることが要件となっていることです。しかし、もし両州に自治権を与えてしまうと、他の州も自治権を求める動きが活発化してしまう可能性が高まる「パンドラの箱」とも言え、最終的にロシア人住民の多いウクライナ東部とそうでない西部が分裂する危機へ繋がっていくことになるかもしれません。従って、ウクライナ政府としても憲法改正が必要な事案でもあり、自治権付与を実現することは難しいのではないかと思います。

 昨年12月、ウクライナとロシアの間で結ばれていたガス供給契約について、11年間の契約期間が失効しましたが、年末までに何とか更新することに合意することができ、欧州へのガス供給が途絶するという事態は避けられました。米国の制裁により止められてしまったノルド・ストリーム2ですが、その影響でロシアはウクライナ経由での天然ガス輸送ルートを使用することになり、今年に入ってからは、双方は以前程敵対していないとも言えるかもしれません。たとえクリミア併合問題が解決されなくても、ウクライナとロシアの関係が改善されてくれば、欧州としては制裁をする必要性が薄れてくるという点は重要です。ウクライナの新しいゼレンスキー大統領がどのような方針でロシアとの関係を構築しようとしているのかにも注目が集まります。

 7.欧米制裁発動からこれまで注目すべき7つの事象

 2014年に欧米制裁が発動してから、これまで特に米国による対露制裁に関して、制裁法文の解釈の拡大や実際の抵触事例・解除事例等を通して、以下に挙げる7つの事象が観測されています。これらの背景や発生事由についての分析は、今後日本企業も含む外国企業の対露ビジネスに対して重要な示唆を与えるものであり、以下、整理してみましょう。

  ① 2015年8月7日 サハリン3プロジェクトにおける南キリンスキーガス鉱床が制裁の対象となりました。欧米制裁は、本来は石油の将来的生産ポテンシャルに対するものでしたが、ガスプロムとシェルが同鉱床を対象に資産スワップを予定していることが分かると、米国はその合意の2カ月後に、同ガス鉱床からは相当量の液分(ガスコンデンセート/一部の天然ガスが地上に出た際に地上圧で液化したもの)生産が見込まれるとの理由で制裁の対象としたものです。つまり、ガスプロジェクトであれば欧米制裁対象ではなくなるということを示唆する判断が出てきました。ガスコンデンセートは天然ガスを生産するとほぼ必ず産出するものであるため、米国制裁上の石油だけを対象とするという定義が形骸化したことを意味します。

  ② 2017年6月20日 エクソン・モービルに対して、制裁を違反したとして罰金(200万ドル)を課しました。対露制裁では初めての抵触及び罰金事例となります。但し、すぐに罰金が課されたわけではなく、対象となった抵触事例も2014年に遡るもので、以後、2年余りに亘って米国政府はエクソン・モービルに対して秘密裡に弁明の機会を与えています。つまり、制裁に抵触したとしてもすぐに罰則が課されるわけではないことを意味する事案です。また、エクソン・モービルは決定を不服として、テキサス地方裁に訴えを起こし、2019年12月、同地裁は米国制裁によるこの罰金は無効であるとの判断を下しています(下記⑦も参照ください)。

  ③ 2019年1月1日 最初の米国制裁緩和のケースが出ます。制裁として最も重いSDN(特定国籍指定者)として2018年4月に指定されたオリガルヒのオレグ・デリパスカ傘下の企業で同様にSDNに指定された企業3社(投資会社En+及び世界第二位のアルミ生産企業Rusal及び電力会社EuroSibEnergo)について、同氏が保有株式を手放すことで、同氏の支配から外れたという理由で、これら企業に対する制裁が解除されました。このことは、制裁を課されたとしても、制裁は、個別に一部解除されるという可能性と方法が示唆された事例となります。

  ④ 2019年4月25日 米国財務省外国資産管理室(OFAC)は、米国企業の新たな制裁違反事例と、対象となった米国企業ヘイヴァリー・システムズ社との間で制裁金支払いについて妥結したと発表しました。OFACは同社がRosneftに販売したソフトウェアの代金回収の遅延をもって、売掛金の回収に要した期間をDirective 2(Rosneftを含む対象企業への60日超の融資を禁止する金融制裁を規定)違反であると認定したものです。今回の制裁違反認定は、米国による金融制裁における融資の概念に、Rosneft等対象企業に対する売掛金の回収も含まれるという解釈を示唆するものです。これまでは融資の実行主体であった金融機関が対象と考えられてきましたが、対象ロシア企業に制裁対象(所謂、将来的石油生産ポテンシャルを有する大水深・北極海・シェール層の開発)ではない、物品・役務を販売する企業もその対価回収に当たって、60日を超えて売掛金の資金回収ができなかった場合には、米国の金融制裁の違反罰則対象となるという事例となります。制裁対象ロシア企業が故意に支払いを遅らせる場合が生じた場合でも同様に米国制裁に抵触する可能性を示唆するものでもあります。また、今回の件は氷山の一角であり、既にOFACでは「第二、第三のヘイヴァリー・システムズ」について調査が行われている可能性もあることから、今後の動向・OFACの発表に注目が集まります。

  ⑤ 2019年9月25日 OFACが発動した対イラン制裁の一環での同国産原油輸出に対する幇助への罰則として、中国遠洋海運(COSCO)の子会社2社(COSCO Shipping Tanker (Dalian) CO., LTD.及びCOSCO Shipping Tanker (Dalian) Seaman & Ship Management CO., LTD.)が新たにSDN対象として指定されましたが、この2社の内、COSCO Shipping Tanker (Dalian) CO., LTD.はヤマルLNG向け砕氷LNGタンカーを6隻供給しているカナダTeekayとのJVに対して、50%を出資する子会社China LNG Shipping (Holdings) Limitedを通じて、50%出資しており、OFAC規則に従えば、SDN対象企業が50%以上を出資するグループ企業は全てSDNと見做されることから、上記COSCO子会社2社及びそれらが50%以上出資する会社との米国人による取引が禁止となり、外国人もこれら会社に対してmaterial supportを与えた場合にはOFACはその外国人もSDN対象とすることができるという二次制裁を含み、同社はヤマル及びアルクチク砕氷LNGタンカーを外資(カナダ:Teekay及び日本:商船三井)と共に傭船していることから、それらJVの活動に影響を及ぼすことになりました(現在は株主構成を変えてヤマルLNG関連タンカー会社は制裁対象から外れています)。

  ⑥ 2019年12月3日 制裁対象物品輸出容疑で初の逮捕者が出ました。米国司法省は、北極海鉱床開発向けの偽装輸出でロシア人、イタリア人及び米国人の逮捕者が出たことを発表しています。主な罪状は、Gazprom Neftのバレンツ海・プリラズロムノエ油田開発向けガスタービンの不正輸出です。

  ⑦ 2019年12月30日 2017年6月に最初の米国制裁法違反の事例としてOFACがエクソン・モービルに対して制裁金200万ドルを課し、その後、同社がOFACに対して制裁課金を無効とするようテキサス地方裁に訴えを起こし、係争中だった事案について、2019年12月31日付で同地裁が同社の訴えを認め、OFACの同社に対する制裁課金は無効であるとの判決を下しました。今回の判決はOFACにとって対露制裁での最初の法的敗北である一方、対露制裁自体の変更を促すものではなく、今後OFACが制裁内容をどのように解釈しており、それをいかに伝達するかに影響を与える判決であると言えるでしょう。

第3.ロシアの上流法制

 ロシアでは、資源開発に関する上流法制としては、主として2つの法律、地下資源法及びPS法(生産物分与法:Product Sharing 法)があります。この2つをベースに外国企業も権益を取得し、上流ビジネスに参画することができます。

 1.地下資源法とPS法

 地下資源法とPS法の違いは何かといいますと、外資の立場から見れば、PS法の方が圧倒的に有利であり、魅力的な法制と言えます。PS法では、投下資本を、生産収入が上がってくれば優先的にコスト回収できます。その分、ロシア政府の取り分はコスト回収が終わるまでは少なくなるのですが、そもそもそのコストは全額出資者(外資又は上流に参画した投資家)が出しているもので、優先回収できるのは当然と言えば当然です。産油国側はもし油ガスが見つからず失敗しても何も損をすることはありません。また、コスト回収が終わった後は、徐々に政府取り分は多くなっていく仕組みです。従った、30年のプロジェクトライフで見れば、最終的には7対3位の比率で、政府の取り分の割合が多くなっていきます。他方、地下資源法ではライセンスという形で鉱区が付与されますが、優先コスト回収はなく、生産開始と共に決められた税金を政府に納めるという形です。

 ロシア政府は、90年代前半のソ連解体直後の混乱期に、資金不足の解決と外資導入を活性化させることを目的として、サハリン1、サハリン2、ハリヤガの3つのプロジェクトにPS法の適用を決定しました。しかし、21世紀に入ってからの油価高騰を受けて、「PS法はソ連解体時に外資と結ばれた不平等条約であり、ロシア石油会社でもできる」という風潮が強まり、これらプロジェクトに対しても風当たりが強くなってきました。当時は他にもPS法適用を検討した複数のプロジェクトがありましたが、現時点でこれら3つのプロジェクトで止められている状況です。今後、原油埋蔵量と生産が減退してくると申し上げました。また、減退を補完するポテンシャル分野であるシェール層や北極海には欧米制裁が課されている状況です。PS法によるプロジェクトは技術と能力のある外資を引き付ける魅力的なスキームであり、決して不平等条約ではなく、ロシアが今後窮地に立ってくる場合には、ロシア政府がPS法によるプロジェクトも復活してくる可能性もあるかもしれないと個人的には期待したいところです。

 2.戦略外資規制法

 ロシアでは、2008年原油価格が最高値を付けたタイミングで、石油ガス産業を中心に外国企業を追い出す動きが活発化し、最終的に戦略外資規制という形で関係する法律(大陸棚法及び地下資源法)が改正されました。簡単に言えば、ロシアの石油開発分野においてポテンシャルを有する有望地域における鉱区(鉱床)を「連邦的意義のある戦略鉱区」として囲い込み、外資に対する参画規制を強め、国営企業に優先的にそれら鉱区を付与する内容です。しかしながら、直後に発生したリーマンショックと原油価格の暴落、さらにはポテンシャルのある有望地域(シェール層、大水深及び北極海)を狙った欧米制裁の発動によって、徐々に、当時の行き過ぎた外資規制を緩和する方向に進んでおります。(図13/関連法制及び報道から筆者取り纏め)

図13 戦略外資規制の緩和に見られる油価と制裁の影響

 3.低油価格時に進む石油税制改革の動き

 ロシアでは、原油価格が下がると、税収確保のために、頻繁に石油税制を変更しようとする動きが高まる傾向があります。税制が政府による石油分野への関与の主要な方法である結果、その手法が朝令暮改に見直されることは想像に難くありません。税収を依存する政府としては原油価格という日々うつろう市場の影響を受けながら、高油価でドル箱となっている石油産業からいかに税金を取り立てるか、選挙においてはポピュリズムに訴え、その資金源を確保するために石油産業に迎合するか、特には減退する可能性が指摘される新規フロンティアへ優遇税制を設けたりと、場当たり的な対応に陥り易くなっているのが実情です。

 例えば、2015年以降の原油価格の下落・停滞では、正に朝令暮改、毎週・毎月のように石油税制に関する改革がニュースに取り上げられ、全く新たな「収入結果税」や「追加収入税」の導入の議論が高まりました。このような状況は外資の目からは、極めて不安定な投資環境状況にあると映らざるを得ません。現在の石油ガス税制の状況は、2024年に向けて、輸出税をゼロにして、資源抽出税を上げていくという、タックスマニューバーと呼ばれる大きな流れ・過渡期に当たります。しかし、実際、2024年に一体どうなっているのかについては常に注目していく必要があります。

 4.地質データの輸出

 ロシアにおいて、石油に関する情報は国家機密法で規定・管理されており、その取扱いには十分留意することが求められます。また、その中でも上流開発に欠かせない地質データ(簡単に申し上げれば油ガスのポテンシャルがあるかどうかを判断するための地下の状況に関するデータです)については、外国企業はそのデータ無くしては巨額の投資判断を行うことができないもので、そのロシアから国外(自国)への輸出(外国人の目を通して見る時点でロシア領内であっても輸出と見做される解釈もあり)は不可欠です。従って、輸出権の申請を行う必要があるのですが、地質データの輸出認可手続きを関係省庁に確認したところ、最終的に天然資源環境省からは了解が得られるも、実際の輸出手続きを行うに当たって、地質データに該当する対外貿易統一商品コードが存在せず、現在に至るまで輸出ができないという状況が現在も続いています。

 ではロシアで活動する欧米メジャー企業はどのように対応しているのかと言えば、連邦保安庁(旧KGB)から人を招き、治安警護部署を設立することで政府からのバックアップを獲得することで対応しているという話も聞きます。それでも2008年のTNK-BP問題(スパイ罪で外国籍を有するロシア人が逮捕)のように高油価時にはメジャーでも締め付けが強くなった事例もあり、いつでも政府が干渉できる状態になっているというのが実態です。

第4.北極海の開発

 第2イントロダクションの4.で申し上げた通り、ロシアは北極圏における炭化水素ポテンシャルが高いのは明らかです。そして、近年の気候変動による流氷の後退と海氷条件の変化が、北極圏の資源へのアクセス及び生産物の搬出を容易にしつつあり、欧亜を既存のルートを経ない、もっと短期間で結ぶ新たな北極海航路の活用も注目を集めています。

 2014年9月のRosneft及びExxonMobilによるカラ海試掘井の成功はロシアにとっても重要な朗報でした。当初ガスリッチと考えられてきた北極海について原油及びコンデンセートの賦存ポテンシャルを期待させるものであり、原油生産量が早晩減退を迎えるロシアにとっては、北極資源開発は将来の生産量(国の財政)を補完する最重要フロンティアであることを再認識させるものでした。そこで、同地域の開発プロジェクトには最大級の優遇税制を適用し、ロシアが身を切る形でロシア企業及び外資の誘致を進めており、外資メジャーにとっても巨大な埋蔵量が期待でき、他地域では得難い大幅なリプレイスメント(埋蔵量確保)を実現できる魅力もあります。現在ロシアに課されている欧米制裁が同地域をターゲットとした理由もまたここにあると言えるでしょう。制裁によって水を差されたロシアの北極海開発ですが、オフショア開発において技術を有さないロシアは、まず、自ら技術を有する陸上(ヤマルLNGプロジェクト・アルクチクLNG-2プロジェクト)及び浅海にて上流開発を進めており、既にその成果も上がりつつあります。

 他方で、厳しい環境条件による制約とインフラの欠如、砕氷船によるサポートが必要な北極海航路の活用というコスト増加要因により、プロジェクトの実現には高油価(バレル当たり70ドル以上)という条件と、政府の優遇税制、海洋鉱区・LNGプロジェクトでは外資の技術が不可欠というのが実際であり、自然環境保護と事故防止のための厳しいリスクマネジメント、コンプライアンス対応も参画企業には求められていくという厳しい条件にも留意が必要です。

 また、温暖化によって夏季の航行ウィンドウが広がりつつあることから新たなルートとして期待が高まる北極海航路ではありますが、通年航行が保証されないリスクと海氷条件によって航行日数が流動するリスクが顕在化しており、欧亜を結ぶルートとしては消費地も限定されるため、消費地で結ばれているスエズ航路の魅力に劣後しているのも事実です。現在の状況を前提とすればその活用の見通しは限定的で、ロシアからのエネルギー資源輸出(片道は空輸送)、そして、欧亜を直接航行し日数短縮を優先する案件がメインとなると考えられます。

第5.結び

 これまで、ロシアの石油ガス産業について、彼らが抱える課題を読み解きながら、その実態についてご紹介してきました。まとめに変えまして、ロシアの石油ガス上流投資は魅力的かどうかという質問を皆さんと考えてみたいと思います。正直、これまでのお話を聞いた方が投資家であれば、ロシアの石油ガスビジネスに投資する勇敢な方は残念ながら少ないかもしれません。しかし、どのビジネスにもリスクや課題はあるものです。ロシアの石油ガス分野の魅力として、次の各点はご指摘できる重要な点です。(図14/筆者作成)

  ①一つ目は、他産油ガス国と比較しましても、変わり易いとはいえ石油税制に規定されたロイヤルティ(政府取り分)が高くはなく、また、新規フロンティアにはロシア政府による手厚い優遇税制も適用されており、ある意味では、政府保証が享受できること、

  ②二つ目は、中東原油への依存が極めて高い日本としては、供給量とポテンシャルの観点からも、石油ガス資源の供給源・供給ルートを多様化できる、最も近い大産油ガス国であること、

  ③三つ目は、日露関係の深化という外交文脈で、参画するプロジェクトが活かされ、日本としてはロシアとの協力関係構築により、外交レバレッジ・ツール(対中・対朝鮮戦略)を獲得できること。また、近年、北極海の活用ポテンシャルについて資源、法制、軍事、漁業と様々な分野で議論が活発する中、ロシアの上流プロジェクトに参画し、実質的なステイクホルダーとしてその議論への参加を可能にすると共に、まだ開発初期段階にある北極海航路へ先駆的に乗り出し、その活用のための技術開発・ノウハウの取得が可能となること、

  ④最後に、四つ目は、東日本大震災後、国富流出と騒がれた日本の天然ガス調達における天然ガス価格フォーミュラの見直しを進める中で、今日本に欠けている欧州市場の価格指標を提供できる可能性を持っているのはロシアであるということ。これにより、日本の天然ガス調達フォーミュラに、世界三大ガス市場である既存のアジア、新たな米国(ヘンリーハブ)、そして欧州の3つが加わり、単一市場の動向に左右されず、均衡の取れた価格ヘッジが可能となること。

以上の各メリットが指摘できると思います。

そのような目的のため、微力ながら、私どもJOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)も日々活動しております。

 本日は、ご清聴くださいまして、誠に有り難うございました。

図14 ロシアの石油ガス上流投資は魅力的か?

 原田様からのご講演(前半・後半)は、以上のとおりとなります。

 原田様におかれましては、長年、JOGMECで蓄積されたご経験から、貴重なお話をお聴かせ下さいまして、誠に有り難うございました。複雑とも言われるこのテーマを大変分かりやすくご解説下さいまして、参加者の皆様も、非常によく理解できたとおっしゃっていました。改めまして、つつしんで御礼申し上げます。(文責小川)。

※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。

 

 

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です