第13回ロシア法研究会が開催されました。
今回のロシア法研究会のテーマは:『ロシアをめぐる制裁の現状と法的課題~対抗措置法(2018年連邦法127号)も含めて』になります。講師は、モスクワの法律事務所でロシア法務に従事された大沼真先生(長島・大野・常松法律事務所)をお迎えいたしました。大沼真先生から、以下のとおりご講義をいただきましたので、ご報告申し上げます。
1.総説
2014年3月、ロシアによるクリミア併合を契機に、アメリカ合衆国とEU諸国が足並みをそろえてロシアに対する経済制裁を発動し、今後もさらに、制裁の拡大強化が見込まれると云われます。
殊に、アメリカ合衆国は、2018年8月に「アメリカ敵対者に対する制裁措置法(Countering America’s Adversaries Through Sanctions Act)、以下CAATSA)」を成立等させて、イラン、北朝鮮等に加えて、ロシアに対する経済制裁を強化・拡充したことは、近時、著名なニュースとなっています。そして、JETRO調査によれば、これら経済制裁により、在ロシア日系企業の約67%が影響を受けている、と回答しているとのことです。(2018年10月03日発表ジェトロ資料より)
(https://www.jetro.go.jp/biznews/2018/10/68d2a64e718bcd9f.html)
ここで、まず、アメリカ合衆国の経済制裁の概要を、整理しておきましょう。
アメリカ合衆国の経済制裁には、大きく分けて、①国を対象とした包括的(Comprehensive)な経済制裁(対象国:イラン、キューバ、北朝鮮等)、②人(個人や企業)を対象とした経済制裁、③特定のセクター(インコファインナンス、エネルギー、防衛、石油採掘プロジェクト等)を対象とした経済制裁、④特定の地域(クリミア等)を対象とした経済制裁、以上の4つに整理されると云われます。
そして、対ロ制裁は、上記の②③④のハイブリッド型だと云われます。
2.SDNリスト
SDNとは、「特別指定国民」(Special Designated Nationals and blocked Persons)の略称であり、アメリカ財務省外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control(以下OFAC)が指定します。SDIに指定されると①SDI被指定者との取引が禁止される、②SDI被指定者のアメリカ国内の資産が凍結される、③SDI被指定者はアメリカ国内に入国できない、等の制裁措置を受けることになります。
これらは、米国人が遵守しなければならない義務となりますが、ここには、”米国法人“、”米国籍保有者”、”米国居住者“が規制対象となりますので、SDNは、ロシアだけではなく、世界各国の人、例えば、日本人の暴力団等もリストに入っていたりします。米国財務省ウェブサイトでは、SDI被指定者がリストとして公開されています。
https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/SDN-List/Pages/default.aspx
上記からしますと、規制対象者が米国居住者も含まれるため、例えば、米国に拠点を有する日系企業も直接の規制対象となることにご留意いただく必要があります。また、上記リスト被指定者だけでなく、当該被指定者による実質的に支配が及ぶ法人(株式の過半数を保有する法人)なども含まれるとされています(いわゆる「過半数ルール」)。
このSDIリストは、OFACにより随時更新されています。日系企業の取引の相手方がこれに指定されますと、例えば、①国際決済に利用されるUSドルなどが、日本の銀行からロシアの銀行に送金をする際、仲介銀行であるアメリカ系金融機関で送金に協力してくれない(送金リスク)、②日系企業の役員の一部がアメリカ人である場合、同社内の取締役会での議事や決議への関与に難しい問題がでてくる(決裁リスク)、③仮に、途中でSDIリストに追加指定された場合に契約の解除をどうするか、契約書上の事前の制裁条項をどのように記載するか、④上記の過半数ルールに関して、ロシアの場合、会社の所有関係が良く分からない、見えにくい、複雑である、等の実務的な問題が発生することが指摘されます。
さらに、SDI規制に対しては、一定の例外ないし経過措置もある General License制度も規定されます。General Licenseとは、SDNと指定される前に、既に取引を開始してしまっている場合は、そのメンテナンス(継続)の範囲ではGeneral Licenseが認められ、制裁の対象から除外されるという規定です。しかし、除外は決して永遠ではなく、6ヵ月基準など、それ以降に更新できるかどうかという、また別の問題が発生したりします。
3.セクター別の規制
2018年8月に成立した前述のCAATSAにより、①インコファインナンス、②エネルギー、③防衛、④石油採掘プロジェクトの4つのセクターに対して規制が設けられ、上記のSDIとは異なる別のリストであるSSI(Sectoral Sanction’s Identification)に指定されると、上記4つのセクターにおいては、資金調達や決済期限等に対する取引制限があります。
例えば、上記①②③では、Directive 1(銀行):満期14日を超える新規debt取引・equity取引、Directive 2(エネルギー):満期60日を超える新規debt取引、Directive 3(防衛):満期30日を超える新規debt取引等が禁止されますし、他方、上記④の石油採掘プロジェクトでは、お金の遣り取りだけではなく、プロジェクトへの関与、協力自体が禁止されます。
なお、このセクター別の規制にも、前記SDNと同様、50%ルールが適用されます。
4.「地域」(=クリミア)を対象とした規制
以上の外、対ロシア経済制裁では、「地域」=クリミアの「地域」に着目した制限が設けられており、SDNやSSIのリストへの掲載の有無を問わず、クリミアという地域における取引、投資、売買等の一切が行為が禁止されています。
https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/Programs/Pages/ukraine.aspx
このクリミアを対象とした規制に関しては、注目すべきロシア商事裁判例もありますので、後ほどご紹介いたします。
5.非アメリカ人を対象とした規制
以上が、すべてアメリカ人(正確には、”米国法人“、”米国籍保有者”、”米国居住者“の全てを含む)を対象とした規制になります。アメリカ人がこれに違反すると、1000万ドルをこえる制裁金を課せられることも珍しくありません。https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/CivPen/Pages/civpen-index2.aspx
他方、アメリカの経済措置法の一つの特徴として、上記に該当しない非アメリカ人に対しても、次の要件に該当する場合には、制裁の二次的対象者となることに注意を要します(CAATSA228条等)。
①相手が制裁の対象になっているか。
②重要な取引(significant transaction)か。
③幇助(facilitation)に該当するか。
このうち上記③は、資金を提供、保証を提供、技術供与等、かなり範囲が広いとされます。また、上記②は、取引の態様、頻度、累積回数、マネジメントの認識等を総合考慮して判断するとされますので、かなり、ケースバイケースで判断される。
非アメリカ人を対象とした規制は、日系企業の実務にとって、非常に重要な課題となっていますが、これまでのところ、ロシア関係でペナルティを課せられたのは、中国企業がロシアから戦闘機を購入した際、OFACにより、この中国企業に対して、輸出ライセンスの取消、外国為替取引禁止、アメリカ国内の資産凍結等の制裁が課せられた1件だけと云われています(ロシア関係以外では他にもあります)。
6.EUの対ロシア規制
EUにも、基本的にはアメリカと同様がありますが、上記5のような二次的な制裁はない、とされます。一般的に、アメリカの規制の方が対象が広く、二次的制裁もあるので、アメリカの規制をチェックすれば、EUの規制もほぼ捕捉できると云われます。
ただし、SDIリストへの掲載の有無自体が違っていますので、この点は注意を要します。
7.ロシアの対抗法
ロシアでは、これらアメリカ合衆国・EUによる一連の経済制裁に対して、2018年5月「対抗措置法」(2018年連邦法127号)を成立させました(以下「対抗法」)。
この対抗法の成立によって、ロシアにとって非友好国、その市民、その設立された法人、その直接間接の支配下にある法人に対して、輸入・輸出、その他、ロシア大統領が裁量で決定する制裁を課すことができることが規定されました。
しかしながら、その内容はページ数にして3~4ページ程度のボリュームしかなく、対象とされる上記「非友好国・・・」も、ロシアにとって非友好的な行動をとった国、ロシア市民に対して経済的、政治的制裁を課した国等とされますが、その判断は、最終的には、ロシア大統領による広い裁量にゆだねられており、その適用範囲は明確ではありません。
現時点で、対抗法が発動された例はウクライナに対してだけであり、それ以外の前例は確認されておりません。そのため、今後さらに、アメリカ・EUを差し置いて、日系企業が優先的に適用される可能性も高くないと理解されています。
ただし、日系企業が制裁の対象にならないとしても、日系企業が、ヨーロッパから部材の調達をしている場合には、調達元が制裁を受けると、部材の調達が止まってしまう、という可能性はあります。
もう1点、上記と同時期に、刑法の改正法案がロシア国会に提出されました。しかし、刑法改正は、現在も議会で止まったままとなっています。
上記改正刑法では、ロシアに対する経済制裁の導入を促進した者には、ロシア国内で刑事罰を受ける場合があります。これは、仮に立法化されると、外国企業にとっては非常に大きな問題となります。昨今の企業は、当然、ロシア国内のみならず、アメリカでもヨーロッパでも経済活動を展開していますので、アメリカやEUの経済制裁に従う行為をロシア国内で何かをした場合には、会社ではなく、個人として刑事処罰を受けてしまう、というのです。そのようなことでは、外国企業の経済活動を委縮されるのではないか、という反発があって、現在、ロシア議会では審議が止まっています。
8.制裁(対応)条項
さて、ロシア経済制裁に対する実務的な対応策としては、制裁(対応)条項(”Sanction Clause”)と云われる条項を挿入することがあります。主たる目的としては、例えば、ロシア企業と取引していたが、突然、SSIやSDNに追加されるといった状況が起きた場合には、その会社との取引は続けられなくなるので、契約を解消したり、損害補償を制限ないし免責する条項を設けておくというものです。
しかし、このSanction Clauseは、当事者や取引形態によって、条項内容をどうするか相当に高度な判断が必要となりますので、できればロシア法務の専門家に相談される等された方が宜しいでしょう。以下、2件の事例をご紹介いたします。
①シーメンス事件1、シーメンス事件2
シーメンス社のロシア子会社がロステック関連会社と、発電機(タービン)を、ロシア国のタマン半島(Таманский полуостров)の発電所に納入する契約を締結したところ、同半島ではなく、クリミア半島に納入されてしまったため、上記ロシア子会社が、EU経済制裁規定を根拠に上記契約の無効と同発電機の返還を求めた事例で、モスクワ商事裁判所は、ロシア企業(=上記ロシア子会社)自ら欧米の制裁規定により契約条項の無効を主張することは、ロシアの公共の秩序(общественный порядок)やロシア国家の主権(суверенитет)に反するとして、シーメンス社側の主張を退けました。
※上記案件は、EUの経済制裁規定に該当するかどうかまでは判断されておりませんので、ご留意をお願いいたします。
②Ministry of Defense v Zvezdochka, Keleanz Medical v VTC
アメリカ・EUのメーカーから、ロシアの流通業者をとおして、ロシア国内の買主に製品を販売するという契約で、流通業者が製品を供給しなかったところ、ロシア国内の買主が同流通業者を訴えたという事例で、ロシアの流通業者は、「製造元が経済制裁規定を理由に供給してくれないため、自らも、買主に製品を供給できないという不可抗力である」と反論しました。これに対し、モスクワ商事裁判所は、上記の不可抗力の主張を認めて、買主側の訴えを排除しました。
上記①②の各裁判例から、以下の各点が理解されます。
㋐ロシア企業が、自らが欧米の経済制裁を理由に履行しない場合には、不可抗力の主張を認めない。
㋑他方、ロシア企業が、契約の履行が国外的事情(経済制裁)で契約を履行ができない場合には、不可抗力を認める場合がある。
㋒(上記㋐に関して)契約書に正面から「制裁条項」を盛り込むことは、かえって上記㋐のリスクが発生する。
㋓(上記㋑に関して)ロシア民事法上、不可抗力には予見可能性がないことが要求されるが、そうすると、対ロシア制裁が開始して4~5年が経過した現在においても、予見可能性がなかったと言えるかどうかは別問題。
大沼先生からのご講演は、以上のとおりとなります。大沼先生におかれましては、モスクワでの法律実務に従事されたご経験から貴重なお話をお聴かせ下さいまして、誠に有り難うございました。つつしんで御礼申し上げます。また、一口に経済制裁といっても、種々の類型があり、高度なリーガル判断が必要になることも多いですので、慎重に判断するためには、欧米の経済制裁とロシア法務の両方に知見のある専門家にご相談されることをご推奨いたします。改めまして、大沼先生、誠に有り難うございました。(文責小川)
※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。