2018年9月18日

平成30年9月18日 第8回ロシア法研究会が開催されました。今回は、講師に瓜生・糸賀法律事務所の宍戸一樹先生をお迎えして、『ロシアにおける近時著名な事件・法改正等:ロシア仲裁法)』をご講義いただきました。
宍戸先生からは、ロシアの複雑と云われる仲裁法の全体像を、体系的に、また非常に分かり易く解説いただいました。誠に有り難うございました。

また、本日は、川村明議長、田中幹夫会員、長友隆典会員が、ロシア・サハリン国際仲裁裁判所の開設記念式典に参加している関係から、サハリンに接続してのビデオ参加となりました。
サハリンからは、当協会のロシア側創立メンバーであるアンドレイ・ゴーレンコ・ロシア仲裁裁判所代表も研究会に参加されて、ご意見やアドバイスを頂きました。

《サハリン国際仲裁センターの開所式でご挨拶をされる川村明議長》
《第8回ロシア法研究会にサハリンから参加されるアンドレイさん、川村明議長、長友隆典会員の様子》

第1 ロシアの仲裁法の法源
まず、ロシア仲裁法の法源としては、主に以下のものがあります。
1. ロシア国内仲裁法(О третейских судах в Российской Федерации:ロシア連邦法律2002年7月24日付第102-FZ号)(なお、下記3の立法により廃止・執行)
2. ロシア国際商事仲裁法(О международном коммерческом арбитраже:ロシア連邦法律1993年7月7日付第5338-1号)
3. ロシア仲裁法(Об арбитраже (третейском разбирательстве) в Российской Федерации:ロシア連邦法律2015年12月29日付第382-FZ号)
4. ロシア商事訴訟法典(Арбитражный процессуальный кодекс Российской Федерации:ロシア連邦法律2002年7月24日付第95-FZ号)
5. 外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(Нью-йоркская (1958 г.) Конвенция ООН о признании и приведении в исполнение иностранных арбитражных решений)
6. 国際商事仲裁に関する欧州条約(Европейская конвенция 1961 г. о внешнеторговом арбитраже)
7. 経済及び科学・技術協力関係から生ずる民事法紛争の仲裁による解決に関する条約(Московская конвенция о разрешении арбитражным путем гражданско-правовых споров, вытекающих из отношений экономического и научно-технического сотрудничества от 26 мая 1972 г.)

第2 沿革等
1. 仲裁法の適用関係(旧法下:2015年改正前)
ロシア連邦において行われる仲裁手続は、国内仲裁と国際商事仲裁とに区別され、かつては、国内仲裁については「ロシア連邦における第三裁判所に関する」ロシア連邦法律(2002年7月24日付第102-FZ号、以下「国内仲裁法」といいます。)が、国際商事仲裁については「国際商事仲裁に関する」ロシア連邦法律(1993年7月7日付第5338-1号、以下「国際商事仲裁法」という。)がそれぞれ適用されていました。

2.仲裁法の適用関係(新法下:2015年改正後)
2015年12月29日、プーチン大統領は、仲裁に関する一連の法令を改正する連邦法(2015年12月29日付第409-FZ号連邦法律)に署名し、それにより、「ロシア連邦における仲裁(第三者審理)に関する」連邦法律(2015年12月29日付第382-FZ号、以下「ロシア仲裁法」といます。)が2016年9月1日に施行され、他方で、2002年国内仲裁法が失効しました。
他方、1993年国際商事仲裁法は、UNCITRALモデル仲裁規則を参照して制定されたものです。(同法の適用範囲の詳細は、後述します。)
そして、「国際商事仲裁」についても、2015年以降の法改正により、その範囲が拡大されています。
すなわち、ロシア仲裁法の施行後においては、ロシア連邦における国際商事仲裁については、国際商事仲裁法のみならず、ロシア仲裁法の適用も受けることになりました。

3. 2015年ロシア仲裁法の制定の背景
ロシア仲裁法が制定された背景は、概ね以下のとおりです。
・ 国内において乱立していた仲裁機関に対する規制の導入
・ 仲裁活動の法的規制の不備(不完全性)に関する手続の濫用への対応
・ 2006年UNCITRALモデル仲裁規則改正の反映(仲裁制度の更なる国際化)
・ 国際商事仲裁に対するロシア法規制の強化

第3 仲裁法
1. ロシアにおける国際仲裁と国内仲裁の区別
(1) 国際商事仲裁法(第1条第3項)
国際商事仲裁においては、当事者間の合意により、次の紛争を解決するものとされます。
・ 少なくとも当事者の1人である商業企業が海外にある、又は当事者間の関係から発生する大部分の債務の履行地若しくは紛争の対象(訴訟物)と最も密接な関係がある場所が外国にある場合、外国貿易及びその他の種類の国際経済関係を実施する際に契約上及びその他の民事上の法的関係から生じる紛争
・ ロシアでの外国投資又は外国でのロシア投資の実施から発生する紛争

(2) ロシア仲裁法(第1条第3項)
連邦法による別段の定めがない限り、民事上の法的関係の当事者間における紛争は、当事者間の合意による仲裁(仲裁手続)に付託される。

2. ロシアにおいて活動が認められている仲裁機関
現時点では、次の機関が常設仲裁機関としての機能を果たすことができる。
① ロシア連邦商工会議所海上仲裁委員会(法律の規定に基づく)
② ロシア連邦商工会議所国際商事仲裁裁判所(法律の規定に基づく)
③ 独自非営利団体「ロシア近代仲裁協会」のロシア仲裁センター(ロシア連邦政府の指令(2017年4月27日付の第798-p号)に基づく)
④ 全ロシア公共機関の「中小企業仲裁裁判所」の仲裁センター(ロシア連邦政府の指令(2017年4月27日付の第798-p号)に基づく)
【参考URL】
http://minjust.ru/ru/deyatelnost-v-sfere-treteyskogo-razbiratelstva/deponirovannye-pravila-arbitrazha

3. ロシア仲裁法の射程(外国の国際商事仲裁にロシアの仲裁法が適用されるか否か)
外国の常設仲裁機関(LCIA、ICC、ストックホルム商工会議所等)であっても、ロシア連邦の領域内において(常設仲裁機関として)仲裁手続を実施しようとする場合には、「当該外国常設仲裁機関に広く認められた国際的なレピュテーションがあること」を認定要件として認められます。
しかし、現在においても、この認定を受けた外国仲裁機関はなく、仮に、ロシア国内で仲裁を実施したとしても、アドホック仲裁の仲裁判断であるとみなされるに過ぎません。
なお、ロシア連邦におけるアドホック仲裁は、常設仲裁機関による仲裁と比較して、コーポレート紛争(後述)が除外されたり、その後、ロシア裁判所による仲裁判断の取消可能性を合意により排除できない等の不利益があるといわれます。

4. 仲裁合意について
(1) 仲裁合意の有効要件
ロシア連邦において仲裁手続を有効に行うための「仲裁合意」に関する要件は、国際商事仲裁法とロシア仲裁法のいずれも第2章(第7条から第9条まで)に規定されていいますが、何れも、書面により締結される必要があります。
もっとも、仲裁合意に関する情報の固定又は当該情報の入手可能性が確保できる形態で締結される場合、書面で締結されたとみなされたり(国際商事仲裁法第7条第3項)、手紙、電報、テレックス、その他の電子文書等によって仲裁が合意された場合も、仲裁合意は書面で締結されたものとみなされます(ロシア仲裁法第7条第3項)。

(2) 仲裁合意の有効性の判断機関
仲裁合意の存否及び有効性は、当該仲裁裁判所(すなわち、仲裁廷)又は商事裁判所によって判断されます(ロシア仲裁法第16条第1項)。
他方で、ロシア連邦商事訴訟法典の第233条第3項第2号によれば、ロシアの商事裁判所は、仲裁裁判所が下した仲裁判断を取り消す権限を有しますが、その取消事由の一つとして、「仲裁裁判所が紛争を解決した根拠であった仲裁合意が、当事者が選択した法律(かかる選択がなかった場合は、ロシア連邦の法律)により無効である場合(третейское соглашение, на основании которого спор был разрешен третейским судом, недействительно по праву, которому стороны его подчинили, а при отсутствии такого указания – по праву Российской Федерации)」を規定しています。

5. ロシア連邦において仲裁が可能な紛争
ロシア連邦において仲裁が可能な紛争(事件)であるか否かについては、以下の3つのカテゴリーに分けて考える必要があります。
(1) 完全に仲裁が可能な紛争(第1カテゴリー)
(2) 完全に仲裁が不可能な紛争(第2カテゴリー)
に規定された紛争である。仲裁不可能な事件の例としては、公共的な要素を含む紛争、破産事件、国家登録に関する事件、知的財産権事件、株主総会招集、その他コーポレート紛争のうちの大多数のもの(ロシア連邦商事訴訟法典第33条第2項)、また、家族の身分関係、労働関係、相続関係、国家調達、生命・健康被害、立退、環境等から発生した紛争(ロシア連邦民事訴訟法典の第22.1条第2項)は、仲裁をすることはできないことになっております。
(3) 条件付きで仲裁が可能とされている紛争(第3カテゴリー)
これには、2015年のロシア仲裁法の改正により新たに導入された「コーポレート紛争にかかる仲裁」の対象となる、コーポレート内部紛争が該当します。
コーポレート紛争の法的定義は、ロシア連邦商事訴訟法典第225.1条において定められており、法人設立、法人経営又は法人への参加に関連する紛争であり、同条においては、コーポレート紛争としての個々の紛争類型、例えば、ロシア法人の株式や持分の所有に関する紛争、法人の経営(企業契約から発生する紛争を含む。)に関する法人の参加者間の合意から発生する紛争、法人の参加者の総会の招集に関する紛争等についての包括的なリストも規定されています。
コーポレート紛争については、これを仲裁で審理するためには次の要件を満たさなければなりません。
① 仲裁合意に関する要件
(i) 当該合意は、法人のすべての参加者(出資者)、法人、及び仲裁手続に当事者又は第三者として参加するその他のすべての人の間で締結されなければならない。
(ii) 当該合意は独立した書類として締結することができ、参加者(出資者)のその他の合意(企業契約や法人の定款、但し、株主1000人以上の株式会社や公共株式会社は除く。)において仲裁条項として規定することができる。
② 仲裁地に関する要件
「一定の条件の下で仲裁審理が可能となるコーポレート紛争」の仲裁地は、ロシア連邦のみとする。
③ コーポレート紛争の仲裁規則に関する要件
常設仲裁機関は、コーポレート紛争の仲裁規則を制定した上で、ロシア連邦法務省に預託し、かつ、仲裁機関の公式ウェブサイトに掲示しなければならない。

6. ロシアにおける仲裁手続の準拠法
仲裁裁判所は、①ロシア法の規定に従い、又は、②ロシア法に従って外国法を適用法(準拠法)として選択できる場合、当該外国法により紛争を解決します。
当事者により指定された法がない場合は、仲裁裁判所は、当該仲裁裁判所が適用可能と判断する適用法を選択します。

7. ロシアにおける仲裁手続の言語
当事者は、自己の裁量により、仲裁の過程で使用される(一つの)言語又は複数の言語に関して合意することができます。かかる合意がない場合、仲裁はロシア語で行われるものとされます(ロシア仲裁法第24条)。

8.ロシアにおける仲裁判断の取消事由(参考:ロシア連邦商事訴訟法典の第233条)
1. 仲裁裁判所の判断は、この条で定めた場合にのみ、商事裁判所により取り消すことができる。
2. 仲裁裁判所の判断は、この条第3項及び第4項に定める事由に基づき商事裁判所により取り消すことができる。仲裁裁判所の判断は、当該判断の取消しを申立てた当事者が相応する事由に言及しない場合でも、この条第4項に定める事由に基づき商事裁判所により取り消すことができる。
3. 仲裁裁判所の判断は、当該判断の取消しを申立てた当事者が次の事実を証明する証拠を提出した場合にのみ、商事裁判所により取り消すことができる。
1) 仲裁裁判所の根拠となった仲裁合意の一方当事者が完全な行為能力を有してなかったという事実
2) 仲裁裁判所の根拠であった仲裁合意が、その準拠法(準拠法の規定を欠く場合には、ロシア法)に基づき無効であったという事実
3) 仲裁裁判所の判断が、仲裁合意に定められていない紛争、又は仲裁合意の条件に該当しない紛争に関して下され、並びに、仲裁裁判所の判断が、仲裁合意の範囲を超える事項に関して下されたという事実
4) 仲裁裁判所の構成又は仲裁手続が、当事者の合意又は連邦法に違反したという事実
5) 仲裁裁判所の判断により負訴した当事者が、仲裁人の選任又は仲裁裁判所の期日及び場所について正式に通知されておらず、又はその他の正当な理由により仲裁裁判所に自己の主張を提出できなかったという事実
4. 商事裁判所は、次の事実が認定された場合には、仲裁裁判所の判断を取り消す。
1) 仲裁裁判所が解決した紛争が、連邦法によれば仲裁裁判所の審理の対象とはならない場合
2) 仲裁裁判所の判断が、ロシア連邦の公的秩序に反する場合
5. 国際商事仲裁の判断は、ロシア連邦国際条約及び国際商事仲裁に関する連邦法によって規定される事由により取り消されることができる。

8. ロシアにおける外国仲裁判断の承認・執行拒絶事由
ロシアも、いわゆるニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(1959年発効))の加盟国の一つです。
上記条約により、外国における仲裁判断も、ロシア国内で承認・執行されるのが原則ですが、一定の場合には、「外国裁判所及び外国仲裁判断の承認・執行拒絶事由」を規定して承認・執行されない場合があります。
※ なお、原文では、「裁判所」と「仲裁廷」、「訴訟」と「仲裁」、「判決」と「仲裁判断」の区別はないようです。
〔ロシア連邦商事訴訟法典第244条〕
1. 仲裁裁判所は、以下の事由がある場合には、外国裁判所の仲裁判断の全部又は一部の承認及び執行を拒絶するものとする。
1) 外国裁判所の判決が、当該外国の法律の規定によって確定していない場合(終局的な判決ではない場合)
2) 敗訴当事者が適時かつ適切に訴訟の審理期日及び場所に関して通知されておらず、又はその他の事由によって審理において自己の主張ができなかった場合
3) 国際条約又は連邦法の規定によれば、当該訴訟に関してロシア裁判所が専属管轄権を有する場合
4) 同一当事者間の、同一事項に関する、同一事由に基づく紛争について、既に確定したロシア裁判所の判決がある場合
5) 外国裁判所において訴訟が開始する前に、同一当事者間の、同一事項に関する、同一事由に基づく紛争について、既にロシア裁判所において訴訟が開始された場合
6) 外国裁判所の判決の執行可能期間が徒過しており、ロシアの裁判所によってその期間が回復されていない場合
7) 外国裁判所の判決の執行がロシア連邦の公序に反する場合

〔ロシア国際商事仲裁法第36条〕
1. 仲裁裁判所の仲裁判断の承認及び執行においては、当該仲裁判断が下された国にかかわらず、以下のいずれかの場合には(承認・執行が)拒絶され得る。
2. 名宛人とされた当事者の請求に基づく場合。但し、当該当事者が承認・執行について管轄のある裁判所に対して次の証拠を提出した場合に限る。
・ 仲裁判断が、第7条で規定された仲裁合意に基づき下され、かつ、その当事者の一方が何らかの形で無能力であったこと
・ 仲裁合意が、当事者が従うこととした法令に基づき、又はそのような法令の指定がない場合には仲裁判断が下された国の法令に基づき、無効であること、
・ 名宛人とされた当事者が然るべき方法によって、仲裁の審問の期日、仲裁の開始若しくは仲裁手続について通知されず、又は他の正当な理由のために、自己の主張(説明)を提供できなかったこと、
・ 仲裁判断が、仲裁合意に規定されていない紛争、又は仲裁合意の対象となっていない紛争について行われたものであるか、仲裁合意の範囲を超えた問題に対する決定を含むものであること。仲裁合意の対象となる事項についての決定が、当該合意の対象外の事項と分離できる場合には、仲裁合意の対象とならない事項の決定を含む仲裁判断の一部のみが承認・執行され得る。
・ 仲裁廷の構成又は仲裁手続が、当事者の合意又は仲裁手続が実施された地の法令に適合しなかったこと。
2) 管轄のある裁判所は、以下のとおり決定する。
紛争の対象は、連邦法に従って、仲裁手続の対象とすることはできない;又は
仲裁判断の承認・執行は、ロシア連邦の公序に反する。

今回、講師をおつとめ頂きました宍戸一樹弁護士(瓜生・糸賀法律事務所)には、つつしんで御礼申し上げます。(文責:小川)

※本ウェブサイトで公開される内容は、あくまでロシア法研究会で交わされた議論の概略を報告したに過ぎません。掲載内容の正確性や事実の真実性を保証するものではございませんので、ご理解いただきたくお願い申し上げます。